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第105話
『……俺は美代先生を恨んだり憎んだりする気持ちはなかった。ただ、霊になった後も、彼女から一方的に追い掛けられ、バトルに発展した。それがエーレンフリートから見れば死狂同士が暴れていると見えたのだろう』
ぽつぽつと奨は話し始めた。彼女の強い執着は目の当たりにしたので、秀一は納得する。
それより気になるのは、エーレンフリートと奨の関係だ。
エーレンフリートは、奨が彼を利用しようとした、と語ったわけだが、それは本当なんだろうか?
秀一は奨にぎゅっとしがみつく。
「奨さんが、あの人に取り憑こうとしたのって…」
少しだけ沈黙が流れた。奨は天井を見つめている。
『俺の前に現れた彼は、闇雲に霊を退治しようとする融通の利かない男だった。まだ若く、使命感に燃えていた。自身の危険など顧みず、負けん気に満ちていた』
『ほら、何処かにもいたろう?勝ち目のない闘いに挑んだYouTuberが』
「え?」
びっくりする秀一。それって?
『物事に、やる前から臆する人間は多い。出来もしないことに挑めば向こう見ずと言われる。だが、そんな姿勢を俺は眩しいと思うんだ。
やってみなきゃ、わからないだろう?』
その言葉はとても教師らしいものだった。秀一は彼に視線を注ぐ。
『あの時、俺はエーレンフリートに惹かれた。君に惹かれたように。……彼の中に入りたいと言ったのも本当だ』
『中に入りたい、1つになりたいという衝動は、存在を重ねたいということ。それを受け入れるというのは、気持ちを受け入れるということ。
ーーあの時、互いに気持ちが通じ合う瞬間が、確かに二人にはあったんだ』
「……うん」
恋人の過去を知るとは、こういう事なのか。
秀一以前に好きな人がいたり、身体を重ねていても当たり前だが、中々受け入れ難い。
それに、その気持ちはもう続いてはいないのだろうか。
奨も、エーレンフリートも。
『しかしエーレンフリートは、俺を信じなかった。だから俺を拒んだ』
「どうして?」
『……それは、シュウはよくわかるんじゃないか?自身が愛されていると自覚することの難しさは』
「あ……」
確かに、秀一は自信がなかった。ずっと苛められてきた自分は他人から嫌われる存在であり、愛されたり選ばれるなんて考えたこともなかった。
だから最初は素直になれなかったのだ。
しかし、奨の真っ直ぐな愛を一身に受け、秀一は変わった。
今は彼を信じている。
『エーレンフリートの気持ちがわかるのは、彼が俺をあの時に消滅させなかったからだよ。……その実力がなかったと彼は言い張ったが』
愛されること、愛すること、信じること。
全て勇気がいる行動だ。
エーレンフリートは逃げたのかもしれない。
「じゃあ、今彼が奨さんを消滅させようとしているのは?」
『けじめをつけたいのだろうな』
仄かに抱いた自身の恋心と、相手からの愛を否定し踏みにじって。なきモノにして。
彼は前に進もうとしているのか。
「…ねえ、奨さん。今奨さんが愛してるのはーー」
その先を言おうとすると、奨が秀一の唇を塞いだ。さっきのお返しとばかりに。
二人はキスで語り合う。気持ちをじんわりと伝えあう。
『言わなくても、わかっているだろう?』
「うん……」
人に愛されていると自覚するのは、やはり難しいことだ。
あの女幽霊、美代も奨を愛していた。
エーレンフリートも。
そんな風に皆から求められる奨が自分を選んだという事実に秀一は震えた。
それでも秀一は、奨の大きな愛情に包まれて重圧と不安を乗り越える。
彼と彼の愛情を信じる道を選ぶ。
秀一は決意した。
奨を消滅なんかさせない、決して。
愛し合う二人の力で乗り越えてやると。
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