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第113話
意識を取り戻したエーレンフリートは十字架を掲げて完全な消滅術法を美代に施した。
「まさか悪霊化していたとは…侮っていた。よくも私を利用してくれたな」
エーレンフリートの話では、怨念が強まると死狂から悪霊にレベルアップし、こっそり人に憑依することが可能なのだそうだ。
「たまに狂ったように暴れたり、凶悪犯罪を犯す者がいるだろう。ああいう者は悪霊に操られているんだ」
しかし説明を聞いても、秀一は上の空だ。そんなことよりも奨がどうなったかの方が大切だから。
「なあ、エーレンなんたらよ、神代先生はどうなったんだよ!死んじゃったのかにゃ?なんとかしてくれよ!!」
「エーレンフリートだ…」
噛みついてくる連にエーレンフリートは眉をしかめる。相変わらず奨のいた場所には黒霧が漂っている、残り香のように。
だが、話しかけても返事はないし、秀一の中に戻ろうとはしない。
「奨はこのままなら消滅する。エネルギーを使い果たしたからね」
「そんな…!いやだ、奨さんがいなくなるなんて嫌だ!」
「私は言ったはずだ、霊は地上にいるべきではない、と。さっきの悪霊を忘れたのか?霊の暴走がどれだけ人間を危険に晒すか」
エーレンフリートの冷たい物言いに秀一は押し黙る。
彼の言うことは正しい。
だけどーー
「全部の霊が、危険なわけじゃない。全部の霊が、人間に害をなすわけじゃない。
奨さんは僕を認めてくれた、愛して、勇気をくれた。僕を変えてくれたーー」
せっかくやっと秀一は自身の弱さを乗り越え、奨の愛を信じられたのだ。それなのに。
それなのにこんな終わり方なんて。
彼ともう、二度と逢えないなんてーー
エーレンフリートは暫く秀一を眺めていた。
しかし、キッと表情を引き締めて十字架を掲げる。漂う黒霧の真上で。
日本語ではない術法を唱え始める。
「やめてッ!」
悲鳴のような、悲痛な叫びをあげる秀一。連は見ていられず、ブランカを抱き締めて目を閉じる。
キラキラと四方八方から光が集まった。
それは雨上がりの虹のような美しさだ。折り重なる光の糸は、幾重にも重なり黒霧を包む。
「え……」
驚いて秀一は目を見張った。
ぼんやり輪郭が現れた。
それは、人間の身体だ。
目映い光を放ち、輝きながらゆっくりと再生が行われる。
光の渦の中に現れたのは奨であった。横たわる姿。
「……奨さん!!」
秀一は無我夢中に寝そべる奨に抱きついた。すると、閉じられていた奨の瞳が薄ら開いた。
ぱちりと瞬き。
『シュウ…?』
「奨さんッ!…奨さん良かった!良かった…いなくならないでくれて」
瞳を潤ませ、秀一は奨にひたと身体を寄せる。
「やれ、成功したか。霊の再生術法は使ったのが初めてだから不安だったが」
エーレンフリートが大きく息を吐いてぐったりする。
彼がかけていた術法は奨を消すものではなかったのだ。
『……俺は、どうなったんだ』
「奨さん、覚えてないの?僕を助けるために一撃を放ってくれたの」
『ああ……無事で良かった、シュウ。君さえ助かるならどうなっても良いと思ったんだよ』
「馬鹿!!奨さんの馬鹿!!」
奨の胸板に顔を埋めて泣きじゃくる秀一。だがこの涙は嬉し泣きだ。
「エーレンフリートさん、神代先生のこと復活させていいんかにゃ?」
「ちゃんと名前、呼べるじゃないか!」
「そりゃそうだにゃ」
連はペロリと舌を出す。しかし質問は真面目なものだ。
問いに対してエーレンフリートは連には答えず、秀一に向かって話す。
「秀一くん、私は一週間試練に耐え抜いた姿、そして君が命懸けで奨を救おうとした姿を見た。
……君たちなら、新しい霊と人間の関係を作ってくれると信じる」
顔をあげる秀一。そこにはエーレンフリートの温かな眼差しがあった。
「これは一週間かけて私が念を込めて作った御守りだ。君の生命エネルギーの減少を僅かには緩やかにしてくれるはずだ。奨に害はないから常に身につけて欲しい」
渡された御守りを、秀一はギュッと抱き締める。
「もう1つ、約束して欲しい。君が亡くなり霊になったら、本来いるべき場所、つまり天国に向かって欲しいんだ。
ーー勿論、奨と一緒にね」
「はい、わかりました!」
奨と一緒なら、何処に行くのも嫌ではない。秀一は力強く頷いた。
「エーレンなんたらさん、俺の分の御守りは?」
「……エーレンフリートだ。ちゃんと呼ばないとあげないぞ」
ぽいと投げられた御守りを拾った連はべーと舌を出す。
そんな光景に奨と秀一は笑顔になった。
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