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第9話

………で。 結局。 結論からいうと、駄目だった。 「…ダメ。全然イケない。下手すぎる…これで彰を満足させられると思っているの?」 「…ごめん」 治朗に責めるように言われて、つい謝ってしまう俺。 いや、別に俺が謝る事でもないと思うけど。 まあ、それをいうなら治朗に責められる事でもないと思うけど…。を でも、俺はイって治朗はイってないというのもなんか、悪い気がして…。 治朗はこれみよがしな大きな溜め息を吐き、俺はますますシュンとなる。 「………しょうがない…じゃ、ここでイカしてもらおうかな」 「ぎゃっ!!」 跳び上がって悲鳴を上げた俺を、治朗が笑う。 「何だよ、そんな変な声、出して」 「…だ…だって…尻…」 「少し尻を掴まれたくらいで大袈裟だよ」 (…大袈裟って…) 「ここじゃ何だし、外へ行く?」 「…外って…何?」 「何って…続きをするんだろ。外へ出てホテルへ行こ」 (………え……!?) 治朗の言葉にギョッとした俺は、マジマジと治朗の顔を凝視してしまう。 「…何?だってそうだろ?手でも口でもイケなかったんだから、後は尻だけじゃん。ま、尻でイカない事はないだろうから、大丈夫だよ」 (……冗談。こっちが大丈夫じゃないわ!!) 「…ふざけんな、行かないよ。ホテルなんか」 「……どうして?」 治朗は本当に分からないという顔をして、首を傾げる。 …そういう顔をすれば、本当に邪気のない可愛い顔をしている。 自分の可愛さを充分に分かっている顔。 皆、この顔に騙される。 (でも、俺は騙されないからな) 「…ホ、ホテルなんか行ったら…う、浮気になるだろ。それはできない…俺には彰が………」 その時。 治朗の笑い声が俺の言葉を遮った。 …それも、大笑い。 腹を抱えて笑っている。 「…ホ、ホテルに行ったら…う…浮気って……笑える…浮気なら、もうしてるじゃん」 笑いすぎて流した涙を拭いながら、治朗が言う。 「……えっ?」 急に笑い出した治朗を目を丸くして見ていた俺は、思ってもいなかった事を言われて、狼狽えた。 「樹生が俺の手でイッた時点で浮気、確定。言い訳、できないね」 さー…と血の気が退いていく。 「…俺、帰る」 トイレの個室を出ようとした俺の手首を治朗が掴む。 「続きはどうするんだ?」 「…知るか!!」 「知るかじゃないよ。ヤリ逃げか?」 「…ヤリ逃げって…」 「オレは2回、気持ちよくしてやったよな?…樹生はオレの手と口でイッただろ。そして次はオレの番だって言ったら頷いたよな?」 ………あの時は…手でするものとばかり思っていたし……口とか……ホ、ホテルとか………聞いてない……っていうか、そんな事は約束していない!! そう反論したかったが………。 2回、治朗の手と口でイってしまったのは事実で………。 自分だけ2回もイカせてもらったという負い目もあり…そこを攻められると反論もしづらい。 俺の迷いを見て取った治朗が、耳元に唇を寄せてきて囁く。 「………大丈夫。浮気なんて気付かれなきゃいいのさ」 ……気付かれなきゃ…。 「オレ、こう見えて結構、上手いよ?絶対、気持ちよくさせてやるから」 『上手い』 『気持ちよく』 その言葉に、再び俺の心臓が跳ねる。 思わず生唾を飲み込んだ。 治朗の言葉が頭の中、ぐるぐる回る。 『…浮気なんて気付かれなきゃいいのさ』 その時、一瞬、彰の顔が頭の中に浮かんだ。 が。 『浮気なんて気付かれなきゃいいのさ』 治朗に言われた言葉が頭の中を回る。 「行くよな?…ホテル」 治朗は俺の耳許で囁くと、掴んでいた俺の手首から手を放し、トイレの個室を出ようとしている。 俺の方を振り向かない背中。 まるで俺が治朗の後をついていくと信じて疑っていないみたいに。 (………ついていけば浮気………それこそ、言い訳できない………) でも……………。 『浮気なんて気付かれなきゃいいのさ』 (………気付かれなきゃ………) 治朗の後をついて、トイレの個室を出る。 -頭の中に浮かんだ彰の顔が消えていく。 目の前に見えるのは治朗の背中。 頭の中を巡るのは治朗に言われた言葉だけ。 『浮気なんて気付かれなきゃいいのさ』 (気付かれなきゃ………)

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