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分かってる(俺)

「ホンットいい男だったわねぇ〜。キルトちゃんもめちゃくちゃ可愛い子だったし。遠路はるばる、ここまで来たかいがあったわぁ」 まだほくほくした様子のウィムが、そんなことを口にしながら簡易テントを組み立てていると、ウィムの後ろからティルダムがぎゅぅとしがみついた。 「やぁだ、ティルちゃんやきもちぃ?」 コクリ。と頷く焦茶の頭を、ウィムはぐりぐりと撫でまわして微笑む。 「んもぅ、可愛いわねぇ」 あれだよな。 元魔王も大概見せつけてくれたけどさ、正直お前たちの方がよっぽど見せつけてくるよな? いやまあ分かってんだけどさ。 あいつらは見せようとしてやってたことで。 お前らは、俺たちに見せようっつー気はねーけど、俺たちと生活空間が被ってるから見えてるだけってことは。 あのクソ平和な村に戻れば、宿はなくとも屋根のある場所は借りられただろうが、俺たちは今夜、迷うことなく野宿を選んだ。 村からも街道からも少し離れた辺りに、二人用の簡易テントを二つ建てる。 ここなら、俺と師範で結界を張って浄化しておけば、このあたりの魔物は近寄りもしないだろう。 ……あの村があんなに平穏なのは、多分、あの元魔王が守ってんだろうな……。 へっぷちん。と、何やら可愛らしい音がして、俺は師範を振り返る。 クシャミか……。最近増えたよな。 「師範、寒いか? 火を起こそうか?」 両手を擦り合わせている師範に声をかけて、肩に俺のマントをかける。 「大丈夫ですよ」 そう答える師範の細い指先は色を失っている。 お茶の席で「最近師範の闇漏れが酷いのよぅ」なんていうウィムのあけすけな相談に、あの男は苦笑しながらも「僕も千年を過ぎた頃から段々コントロールができなくなってきたよ」と答えていた。 溜まり過ぎた闇が原因か、肉体の器が耐えられなくなるのか……と、ウィムと師範とあの男が何やらややこしそうな話をしていたが、結局ウィムが「永遠に生きると言われる闇の王にも、いずれ肉体の終わりは来るのかも知れないわねぇ」なんて纏めていた。 最近の師範が転びやすいのも、疲れやすいのも、よく眠るのも、その肉体の寿命だってんなら、師範にもいずれ終わりは訪れるんだろう。 ただそれが百年後なのか、五百年後なのかはまだ誰にも分からない。 師範は、ただただ自分がポンコツになってゆくことだけが分かって、ゲンナリしていたようだった。 俺たちはキルトレインが土産に持たせてくれたパンとチーズと果物で簡単に夕食を済ませると、早々にそれぞれのテントに引っ込んだ。 テントの中に敷物を広げて布団がわりの毛布を出せば、師範はそそくさと毛布にくるまった。 毛布は師範に譲るか。 俺はマントでもかけときゃいいよな。 そう思って俺がマントから留め具を外していると、何やら手元に視線を感じる。 見れば、毛布に包まれた師範がコロンと横たわって俺の作業を見ていた。 あー……。くそ、仕草がいちいち可愛いんだよな。 俺よりとんでもなく年上のくせに。なんでそんな愛らしいんだよ。おかしいだろ。 今すぐ師範を毛布ごと抱きしめたい欲求をなんとかこらえて、俺は無理矢理手元に視線を戻す。 「ギリル……」 師範のか細い声に、胸を掴まれる。 くそ、なんて声出してんだよ。 俺は、師範を振り返りたい衝動を抑え込んで、マントの金具を外した。 今日は師範もかなり歩いて疲れてるはずだ。 毎夜のように俺に付き合ってくれてるせいで、最近は日中のあくびも増えてる。 今夜くらいはしっかり休ませてやらねーと、いくら不死身っつっても、辛いだろ。 「なんだ」 「……お願いがあるんです……」 師範の『お願い』は大抵ろくなことじゃねーよな。 俺にもそろそろ分かってきたからな? 俺は内心でため息を吐きながら、先を促した。 「どんな?」 「…………その……」 それきり途絶えた言葉に、俺は仕方なくマントの金具を荷物に突っ込んで、マントを肩にかけながら師範の隣に寝転がる。 師範はやはり、毛布に顔を隠してしまっていた。 それでも、銀色の髪の合間から赤い耳と頬がのぞけば、師範が赤面しているだろうことはわかってしまう。 「ほら、今日はもう疲れただろ。さっさと寝て、話は明日、な」 俺は気付かないフリをして、毛布を被った師範の頭を毛布の上から撫でた。 もう俺も寝てしまおう。 すぐには寝られないだろうが、寝たフリをするしかない。 これ以上何か言われる前に。 そう思って、俺はランタンの明かりを落とした。 ふっとテントが暗闇に包まれる。と、思ったのも束の間。 今日はどうやら月が大きいらしい。 目が慣れれば、テント越しの月明かりでも十分相手の表情は見えそうだ。 俺はゴロリと師範に背を向けて、目を閉じた。 「……今夜は、私が怖がっても、最後までしてほしいんです……」 震える声で伝えられた言葉を、聞かなかったことにはできなかった。 「師範……」 身体ごと振り返れば、師範は縋るような目で俺を見つめていた。 そんなに焦らなくてもいいのに。 俺はずっと、師範の側にいるのに。 いや、そう思っているのは俺だけなんじゃないのか? 『じゃあ、師範が人間に戻れたら、死ぬまで俺と一緒に居てくれるか?』 そう約束したと思ってるのは俺だけで……。 そもそも約束を交わしたところで、師範にそれを守る気がなけりゃ同じだよな。 「なぁ、師範、ひとつ確認していいか?」 師範がこくりと頷く。 「師範は、人間になったら、ずっと俺のそばにいてくれるんだよな?」 俺の言葉に、師範は少しだけ考えてから、口を開いた。 「……そうですね。ギリルが私を要らなくなるまでは、側にいます」 「なんだよそれ。俺が師範の事要らなくなるなんてありえねーよ」 ムッとした気持ちのままで言い返すと、師範は悲しげに目を伏せた。 「雛鳥はいずれ巣立つものです。貴方が私の元を立つ日が来ても、私はそれを咎めはしませんよ」 頭にカッと血がのぼる。 こんなに伝えてんのに、まだ分かってくれねーのかよ! なんで俺を信じようとしねーんだ!! 悔しさと怒りに奥歯を噛み締めれば、目の前が赤く滲んだ。 「……んで、んなこと言うんだよ……っ、俺が師範を要らなくなるなんて、なんでそんな風に決めつけんだよっ!」 「それは……私が、貴方より……ずっと長く生きてきたからですよ」 師範は俺を見ないまま、そう言った。 「……俺の言葉は、師範には全然響かねーのかよ……」 諦めが胸の内に広がりかけた時、あの男の言葉を思い出した。 俺に、師範を頼むと言ったアイツの言葉を。 『サリは泣き虫で臆病で卑屈で……そのくせ頭は固いし思い込みは激しいし、手がかかる子だけどね』 癪だけど。 ほんと、ムカつくけどその通りなんだよな。 分かってるよ。 そんなこと、俺だって知ってる。師範がめちゃくちゃ面倒な人だって。 分かってたけど、気付いたらもう、好きだったんだ。 俺の話なんて聞いてもらえねーのも、師範が「自分なんか」って思ってるのも、全部わかってるよ。 でも俺はもう、師範が好きで好きでたまんねーんだよ!! こんくらいの事で、諦めてたまるか。 この程度で諦められるなら、師範に好きだなんて言うもんか。 俺は気合を入れ直して、師範をまっすぐ見つめた。

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