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大きなため息を吐いて、理人はゆっくりと顔を上げた。 時計を見るともうすぐ5時だった。
テスト直前という事もあり、放課後の教室には数人の生徒達が残って勉強をしている。
もう一度溜息を零すと、机に広げていた参考書をカバンにしまい込む。今日もまた、蓮に呼び出されている。そろそろ行かないと、蓮の機嫌を損ねてしまうかもしれない。
あの日から理人は、今まで以上に部活や勉強に力を入れていた。余計な事は何も考えたくない。夜中まで勉強して、疲れ切って眠りにつきたい。
だが、浅い眠りの中でも悪夢は繰り返し訪れる。何度も夢の中蓮に汚され、辱められ、罵られる。浴びせられる視線は冷酷で、まるで虫ケラでも見るかのようだ。それが悔しくて、怖かった。
「理人君、大丈夫?」
不意に後ろから声を掛けられ、ハッとして振り向くとそこには心配そうな顔をしたケンジが立っていた。
「なんだか顔色が悪いけど……」
「大丈夫。少し寝不足なだけだ。テスト前はいつもこうだから」
適当についた嘘を信じ切って、ケンジが大変そうだね。と呟く。
「そっか、なんたって学年1位だもんね。でも、無理しちゃだめだよ? 最近少し痩せたみたいだし」
「そんなことねぇよ」
言い当てられてドキリとする。確かに、ケンジの言うとうりだ。だが、その理由を深く追及されたら困る。
「そう言うお前は、最近元気そうじゃねぇか」
「そ、そう……かな?」
「あぁ」
一瞬、間が空いた。
そして、何かを躊躇うように目を伏せたあと、ケンジが口を開く。
「最近さ、前みたいにクラスの子達が話しかけてくれるようになったんだ。それに、あの人――蓮君からの呼び出しもぱったり無くなっちゃったし……」
嬉しそうに語るケンジを見て、胸がチクリと痛んだ。
それはきっと、蓮の思惑通りなのだろう。
そう思うと、無邪気に喜ぶ友人に真実を告げる事が出来なかった。
何も知らないケンジは、自分の変化を喜んでいる。
「そう、かよ……」
曖昧な返事をして、理人は俯いた。蓮の本当の目的が分からず、不安だけが募っていく。
このままでは、いけない。
それは分かっているのに、どうすれば良いのか分からない。
誰かに相談したいが、それは叶わない。こんな事、誰にも相談できるわけがない。
何故なら、この秘密を知っているのは自分だけなのだから。
「リヒト君。本当に大丈夫? 少し頑張りすぎじゃないの?」
「……母さんみたいな事言うな」
思わず硬い声が出て、ハッとした。ケンジは心配してくれただけなのに、何故こんな冷たい対応しか出来ないのだろう。
「そ、そう……だよね。余計な事言っちゃってごめん」
「……っ」
シュンとしてしまったケンジになんて声を掛けたらいいのか、分からない。こんな態度を取りたかったわけじゃないのに。
結局理人は何も言わず、逃げるようにその場を後にした。
約束の時間が、あと5分と迫っていた。
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