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「はぁ、はぁ……っ、やっぱりこんな所にいる筈ないか……」  3つ目の交差点を曲がった所で急ブレーキをかけて立ち止まる。  理人の家から15分ほど走っただろうか。抜けるような青空に白くて大きな入道雲が浮かび、蝉の声が公園内にわんわんと響き渡る。黄熟した8月の暑熱がじりじりと肌を焦がし全身から汗が噴き出した。 「暑ぃ……」  汗を拭いながら周囲を見渡すが、そこにはいつもと変わらない住宅街が広がっているだけで、人の気配はまるで無い。  それもそうだろう。気温はゆうに39度を超えているし、どうせ遊ぶならプールかクーラーのよく効いた部屋でゲームでもやっていた方がいいに決まっている。 「はぁ、帰るか……」  額からとめどなく滴り落ちて来る汗を拭い、ペダルに足を掛けたその時、例のタコの遊具の陰に隠れる様にして小さな人影が見えたような気がした  まさか――。  ゴクリと息を呑み、ゆっくりとそちらに近づいていく。 「……」  やはり、そこに居たのは紛れもなく秀一だった。膝を抱えて座り込み、俯いているせいでよく見えないが、間違いなく彼だった。 「……こんな所で何やってんだ?」  理人が声を掛けると、ビクッとして顔を上げる。その顔は何処か暗く、目元にはうっすらと涙が滲んでいるような気がした。 「お兄さん……。久しぶりだね」 「あぁ、そうだな」  どこかホッとしたような表情をして、はにかむ姿を見て理人はストンと隣に腰を下ろした。  この空間はコンクリートでできているせいか、何処かひんやりとしていて心地が良い。 「良かった。もう会えないかと思ってた」  言いながら距離を詰めて来る。擦り寄るようにコツンと肩に頭が乗って一瞬驚いたものの、そのままにさせておいた。 「お前、いつも此処にいるのか?」 「違うよ。今日は家に……居たくなかったんだ」 「……」  そういえば、初めて会ったときも家に帰るのがイヤだと言っていたな。一体どんな家庭環境なのだろうか。 「お盆休みで父さんが家にずっと居るから母さんずっと機嫌悪くて……。家に居たら嫌な事ばかり起こるから……」  家に帰ってもつまらないだけ。その感覚は理人にも覚えがあった。   いまでこそ夫婦関係は冷え切り家庭内別居のような仮面夫婦を演じている二人だが、小学生の頃は二人ともしょっちゅう喧嘩をしていた。  そんなに嫌なら離婚すればいいのにと、幼いながらもずっと疑問だった。  プライドが高く、見栄っ張りで自分大好きな二人の事だから自分の経歴に傷が付くのが嫌なんだろう。と気付いたのは随分後になってからだ。  恐らく、想像の域を出ないが、秀一の家庭もきっとそうなのだろう。罪もない無垢な子供からしてみれば迷惑な話である。 「そうか……」  理人は小さく呟くと、それ以上は何も言わずに空を見上げた。  真っ青なキャンバスに白い絵の具をぶちまけた様な見事なまでの快晴。遠くの方に飛行機の翼が見え、遥か上空では風が強いのだろう、巨大な積乱雲がモクモクと沸き立っている。 「……ニ……ニャォ……」  突然、何処からともなく声がした。 「あ! ボス!」  声のした方に視線を向けると暗がりから、細身の黒猫がゆっくりと此方に近づいてくる。  コレが……ボス……。  確かに目付きは悪い。吊り上がっているし、細くて眼光が鋭い。  秀一に懐いているのかゴロゴロと喉を鳴らしながら近づいて来るが、理人の姿を認めた途端、その動きがぴたりと止まった。 「ニャーオ」 「あ、こら……ボス、駄目だよ!」  秀一が制止するのを無視して、その猫は理人に近づくとフンッと鼻息を荒げ、毛を逆立てて威嚇するように牙を見せて鳴いた。

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