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「いきなりなんだ。というか、お前は誰だ?」
マスクを付けているのだ、声は聞いたことあるような気がするがわかるわけがない。ムッとして睨み返すと、レッドはハッとして肩を掴んでいた手を離した。
「……っ」
慌ててくるりと踵を返し逃げ出そうとする男の服の裾を咄嗟にハシッと掴んで壁際まで追い詰める。此処が裏手で良かった。さっきまでショーを見ていた子供がこんな場面を見たら、自分はレッドを襲う悪役に映るかもしれない。
「人に喧嘩売っといて逃げるとはどういう事だ?」
「…………」
男はそっぽを向いたまま理人の方を見ようともしない。一体何なんだと、口を開きかけたその時……。
「蓮くーん。もう上がっていいよ……って、あれ?」
呑気な声が建物の中から響いて来て、スタッフの腕章を付けた小太りのオジサンがひょっこりと顔を覗かせた。
「蓮……?」
「……チッ」
名を呼ばれ、観念したのかレッドは小さく舌打ちすると徐にマスクに手を掛け一気に引き抜いた。
中から出て来たのは、見慣れた顔。
そう、それは紛れも無くここ数日連絡がぱったりと途絶えていた蓮の姿だった。
何時もしている眼鏡が外され、鋭い眼光とセットされた髪型のせいで雰囲気がガラリと違っていたが間違いない。
どうしてコイツがここにいる? 理人が驚きのあまり固まっていると、それを察したのか蓮ははぁ、とわかりやすくため息を吐くき、面倒くさそうに頭を掻いた。
「マルさん、着替えて来るからちょっとコイツ逃げないように見張ってて!」
「はいはーい。了解」
「えっ、は!?」
まだ状況が良く読めていない理人の前に、マルさんと呼ばれた恰幅のいい男性が立ちはだかる。
「キミ、蓮君の友達?」
「いや、別に友達なんかじゃ……」
「ハハッ、そっかそっか。蓮君が友達連れて来るなんて初めてだったから驚いたよ」
「いや、だから」
「いいよ、わかってるから。蓮君は、うちでたまにバイトしてくれてるんだ。すっごく素直で良い子だよねぇ蓮君って」
違うと言っているのに、機関銃のように一気に捲し立てられ理人は二の句が継げなくなった。
「元々今日は、彼のお兄さんが出演予定だったんだけど、急に風邪ひいちゃったみたいでさ、体格も似ているしって事で急遽レッドをお願いしちゃったんだよ。呑み込みも早いしぜひうちで働いてくれないかなぁ」
口を挟む間もなくしゃべり続けるマルさんの話を聞いていると自分の知っている蓮とあまりにもかけ離れすぎている。もしかしたらよく似た他人だったのではないか? という思いすら湧いてきた。だが、その考えはあっさりと否定されることになる。
「マルさん、余計な事喋りすぎ」
そう言いながら現れた男は、いつも蓮が愛用しているシャツやアクセサリーを身に着けていた。眼鏡こそしていないものの、そこに居るのは間違いなく蓮だ。
「あー、ごめんごめん。蓮君の友達に会えたことが嬉しくってついつい話し込んじゃった」
「……別に、コイツは友達なんかじゃ……」
「ふは、仲いいんだね、君たち。同じこと言ってるよ。じゃぁ、僕はそろそろ片付けに戻るから」
そう言い残すと、マルさんは手を振りながら再び建物の中へと消えて行った。
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