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暗闇を抜けると、突然視界が開けた。いきなり夜から昼に放り出されたような不思議な感覚に襲われた。  目が慣れるまで数秒を要し、眩しさに慣れて来ると直ぐ近くにカンガルーの群れが居る事に気づいた。 「おぉ、可愛いね」 「へぇ、意外とデカいな」  ついさっきまで、爬虫類やら蝙蝠など見た目がグロテスクな物ばかり見ていた為、なんだか心が洗われるようでほっこりと癒される。 「あのカンガルーおっさんみたいな恰好してる」 「わ、こっちは赤ちゃんがいるよ!」 「あ! ねぇねぇ、向こうで喧嘩してる~」  ケンジはよほどカンガルーが気に入ったのか、興奮気味にあちこち指差しては子供のようにはしゃいでいる。  その様子を生暖かい目で見つめていると、ふいに肘でわき腹を突かれた。 「んだよ」 「おい、あそこ……昼間っからお盛んだなぁ」  蓮がそっと耳打ちしてくる。指さす先に視線を向ければ涼し気な木陰で交尾の最中の雄と雌がいた。よくよく辺りを見渡せば他にも数匹同じような行為に及んでいる者達が見受けられた。  交尾は自然の摂理だから仕方がないが、それを蓮と見ていると言うのが気まずくて、理人はわざとらしく顔を背けた。 「お、おまっ、そんなモン見付んなよバカッ」 「カンガルーって一年中発情期らしいぞ。誰かさんと同じだな」  そんな事を言いながら、そっと腰を撫でてくる蓮の手を振り払う。 「あ? 頭ん中そればかのテメェに言われたくねぇよ。脳みそ湧いてんじゃねぇの?」  小声で言い合う二人の脇で、ケンジだけがきょとんとしている。 「何でもねぇよ。ケンジ、行くぞ」  理人は誤魔化すようにケンジの手を引いて歩き出した。  蓮はその後をニヤニヤしながらついてくる。  大体、なんで付いてくるんだ。バイトが終わったのならとっとと家に帰ればいいものを。  自分たちの関係をケンジには絶対にバラさないようにと念を押したものの、この男に口止めしたところで、どうなるかはわからない。  それに、事あるごとに意識させるような事を言ってくるので、いつボロが出るか気が気ではない。 「リヒト君、大丈夫? 疲れたなら座る?」  知らないうちに眉間に深い皺が寄っていたのだろう。体調でも悪いのかとケンジに顔を覗き込まれた。 「別に……そう言うんじゃないから。つか、ケンジ……」 「ん?」  ぐいっと腕を引いて、二人の間に距離を作る。 「本当にいいのか? アイツが一緒に居て。……嫌な気分になったりとか……本当に嫌なら俺が……」 「リヒト君」 「なんだ」 「……大丈夫。蓮君とはもう、そんなのじゃないから。……僕に興味がないってわかってるから」  だから、全然平気だよ。そう言って微笑むケンジの笑顔が何処か寂しげで、理人はそれ以上何も言えなかった。 「おい、お前ら何こそこそと話してるんだ」 「あはは、ゴメン。理人君がお腹すいたって」 「はぁ!? そんな事言ってな……」  パチンと理人にしか見えない顔でウインクされ、理人はグッと口を閉ざした。 「なんだ、腹減ったのかよ。どっか買いに行くか?」 「実は僕、お弁当作って来たんだ」 「へぇ、マジ? じゃぁどっかで食うか。何処がいいかな」 「そうだね……うーん……ねぇ、リヒト君は何処がいいともう?」  突然話を振られて言葉に詰まる。別にどこで食べたっていい。 「俺は、猿山の前じゃなかったらどこでも……」 「何か、猿山で嫌な思い出でもあるの?」 「え? あー……幼稚園だったか小学校低学年だったか、そんくらいの時にな。遠足で来たんだけど、猿山の前で弁当だったんだよ。くせぇし、春だったのに日向で暑いしで散々で。しかも、食いもん見てサルどもは興奮するし、俺もガキだったから調子乗って猿にウインナー投げたら、大騒ぎんなって先生に怒られるわで最悪で……」 「なんだ、クソガキじゃないか」 「五月蠅いな。ほっとけ」 「でも、意外だなぁ。リヒト君にもそんな子供時代ってあったんだね」 「あのなぁ……俺を何だと思ってるんだ」 「だって、リヒト君っていつも何処か冷めてるから、小さい頃からそんな感じなんだと思ってた」 「……」  別に冷めているつもりは無かった。人とつるむのは基本的に苦手だから、一人でいる事が多かっただけで、周りに溶け込めていない訳では無いと思う。 「コイツが冷めてる? アッチの方は中な――、痛っ」 「チッ」  蓮が余計な事を口走りそうだったので咄嗟に靴の踵で足を思いっきり踏みつけてやった。 「リヒト君がなに?」 「気にすんな。誰かと勘違いしてるんだ。きっと。それよりほら、あそこの木陰で食おうぜ。陰になってるし少しは涼しいんじゃないか?」  これ以上余計な詮索されては堪らないと、ケンジの背中を押して木の下に移動した。 「……後で絶対啼かすっ」 「余計な事言うなつったろうがクソ野郎がっ」  背後で聞こえた呟きに、理人はギロリと蓮を睨み付けた。

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