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「あ、ほら……もうすぐ降りる駅に着きそうだ。ケンジを起こさないと」 「……あ、ぁあ。そう、だな」  蓮に促され、もどかしい思いを誤魔化すように平静を装いながらケンジの肩を揺り動かすと、意外とすぐに目を覚ました。 「あれ、僕、いつの間に寝ちゃってたの?」 「あぁ、ぐっすり寝ていたから起こすのは可哀そうだと思ってそのままにしといたんだ。今日は沢山歩いたし、疲れてたんだろ? 早起きして美味い弁当も作ってくれてたんだから当然だ」  自分の状況を悟られたくなくて、つい何時もより早口になってしまう。  幸い、まだ寝ぼけているのかぼんやりとしたままのケンジは気付いていないようだが。 「そっか、ありがとう。今日は楽しかったなぁ」  預かっていたカバンを渡し、電車を降りて改札を抜けた。 「また一緒に行こうね」 「おう」 「勿論」  嬉しそうに笑うケンジに、ぎこちない笑顔で答えながら駅の外に出ると、空一面にどす黒い雲が広がっていた。  一刻も早く別れたいのに、雨が降って来そうな気配がする。 「リヒト君、蓮君。じゃあ、僕はここで。二人とも、またね!」  ケンジがブンブンと元気に手を振りながら、駆けて行くのを見送って、理人はそっと息を吐いた。  良かった、何とかバレずに済んだ。後は――。 「さて、と俺も帰るわ。雨降りそうだし」 「えっ?」  予想外の言葉に、思わず間の抜けた声が零れた。  だって、今の流れだと普通は……っ。  困惑する理人に蓮は、何か問題でも? と、言わんばかりの表情で理人の顔を覗き込んで来る。 「なに? 俺に帰ってほしくなかったのか?」 「ち、ちがっ……そう言う、わけじゃ……」 「ふーん」  蓮の瞳が妖しく光る。その表情に、嫌な予感がした。 「ま、今日は疲れたし早く帰ろうぜ」  蓮は踵を返すと、理人の前を歩き出した。  なんだ? 一体どういうつもりだ? まさか、これで終わり?  散々焦らしておいてこんな状態で家に帰れと言うのか?  昼間から何度も中途半端に煽られ、ギリギリまで昂らせた熱が身体の中に燻っていて苦しい。  理人はゴクリと唾を飲み込むと、意を決して蓮の服の裾を掴んだ。  彼の足がぴたりと止まる。 「なんだ?」 「……っ、こんな状態で……置いていくなっ」  羞恥心で死にそうになるのを必死に堪え、震えそうになる声で訴える。 「……何をして欲しいんだ?」 「わかってるくせに……意地悪を言うなよ」 「お前の口から聞きたい」  蓮は振り向くと、理人の顎を掴み強引に目線を合わせてきた。 「どうしてほしい? ちゃんと言えたら、望みを叶えてやってもいいぜ」 「っ……」 「なぁ、言えよ」  耳元で囁かれると、ぞくりと背筋に甘い痺れが走る。視界の端に、駅裏にあるホテルの看板が映った。 「……て、欲しい」 「聞こえねぇよ」 「……い、かせて欲しい」 「どこへ?」 「……っ、わかってるくせにっ! この性悪っ」  カッとなって怒鳴れば、蓮はニヤリと口角を上げて笑みを浮かべた。 「わからないなぁ。俺、お前と違って馬鹿だから」 「くっ……」 「なぁ、教えてくれよ。俺はどこに行けばいいんだ?」 「っ、そんなの……」  言えるわけがない。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。 「言わないなら帰るぞ。雨降りそうだし」  言い淀む理人にしびれを切らしたように蓮は小さなため息を吐くと、踵を返して再び歩き始める。咄嗟に理人は彼の肩を掴んでしまっていた。 「蓮っ」  彼の肩を握りしめた手に力が籠る。蓮は足を止めゆっくりと理人を振り返った。  だめだ、とても家までなんて我慢できそうに無い。 「……っ……お前が……し、から……っ」  決死の思いで発した言葉は、虫の羽音くらいの大きさにしかならなかった。それでも、自分の頭の中ではガンガンと大きく鳴り響いている。 「だから、なに? 聞こえないって」  顔を覗き込まれ、心臓が大きく跳ねる。 「……お、まえが……っ、触る……から……っ」 「……俺が、なに?」 「~っ、 蓮がしつこいからっ! 我慢出来なくなったんだよっ!」  半ばやけになって叫ぶと、次の瞬間蓮の腕が伸びてきて強く抱き寄せられた。

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