「……リヒト君？」 　黙り込んでしまった理人を心配するように、ケンジが名前を呼ぶ。 「……悪い。なんでもない」 　もうこれ以上考えるのはやめよう。モヤモヤと渦を巻く小さな感情を胸の奥にしまい込み、理人は無理矢理思考を停止させた。 　ケンジの言う事が本当ならば、遅かれ早かれ自分にも何かしらのコンタクトがあるはずだ。考えるのは、直接会ってからにしよう。 　自分にそう言い聞かせると、理人は残っていたポテトを口に放り込んだ。 　◆ それから更に一週間が過ぎ、2学期が始まった。相変わらず蓮からの連絡が来る気配は無くて、その事実が余計に理人の心をざわつかせる。 　何故、ケンジには連絡が来て自分には無いのか。意味がわからない。 「チッ、あのクソ野郎……。一体なにを考えてやがる……」 「鬼塚君、ちょっと」 　実力テストも終わり、イライラを誤魔化すように無意識のうちに爪を噛んでいると、後ろから声を掛けられた。 　ガン垂れそうになるのを何とか堪え、振り向くと担任の本田が集めたばかりのテスト用紙を持って立っている。 　なにか用かと首を傾げると、先生は神妙な面持ちで理人の方を見ている。 「ちょっと話があるんだ。放課後生徒指導室に来てくれないか」 「……此処では出来ない話でしょうか」 「あぁ。鬼塚君にとって重要な話だ」 「……」 　正直、理人はこの本田という男が苦手だった。小太りで脂の乗った肌と、常ににやけているように見える唇。それに、妙に鼻につく喋り方。生理的に受け付けないタイプだ。 　何を考えているかわからなくて気持ち悪い。総じて学校の他の生徒達からの評価も似たようなものだった。 　しかし、教師である以上無下に断る訳にはいかない。 　理人が渋々了承の意を伝えると、本田は満足げにうなずいて教室から出て行った。 　嫌な予感がする。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。だが、自分にとって重要だと言われれば行かないわけにはいかなくないだろう。 　一体なんだろう？　テストに不備は無かったはずだし、進路のことについての話、という訳ではなさそうだ。 　ぐるぐると考えを巡らせているうちに、あっと言う間に放課後になった。 　憂鬱な気分で重い足取りで階段を下る。今日も部活があるが、先生に呼び出されていると言う旨を同じチームメイトへと告げて、人気の少なくなった廊下を歩いていく。 　途中、生徒会室の扉の前に立つ蓮の姿が見えてドキリとした。声を掛けようかと一瞬迷ったものの、蓮は此方に気付くことなく他の役員と共に部屋へと吸い込まれていってしまう。 　夏休み中は普段着の彼ばかり見ていたから、彼が生徒会役員であったという事をすっかり忘れてしまっていた。 　数カ月前、自分はあそこに呼び出され藪から棒に薬を盛られて無理やり犯された。 　あの日……その場所で犯されてからほぼ毎日と言っていいほど一方的に呼び出されて、色々な事を身体に覚え込まされた。 　その都度、写真や動画も沢山撮られ、逆らうことが出来ずに言われるがまま快感を散々叩き込まれているうちに、何時しか嫌がる言葉も口先だけのものになっていた。 　どんどん……犯されていると言う意識が薄らいでいって、いる事には自分でも気が付いていた。 　言葉では面倒くさいとか、行きたくないと言ってはいるが、蓮から呼び出されてセックスをするのが当たり前の日常になってしまっている。 　そして、夏休みに入って蓮と会わなくなってからというもの、身体が疼いて仕方がないのだ。 　あんなに嫌いだったのに、今となっては蓮に抱かれる事を望んでいる自分がいる。 　なんて滑稽なんだ。 　蓮が消えた先を見つめながら、自嘲的な溜息が洩れた。アイツは今、何を考えている？　なぜ、連絡を寄越してこない？ 　苛立ちと焦燥が入り混じった複雑な想いを胸に抱えたまま、理人は指定された生徒指導室へと向かった。 コンコン、とノックをしてドアを開けると、中には既に本田が待っていた。 理人の姿を目にすると、本田がニタリと笑う。なんだか嫌な予感がする。 「そんなところに突っ立っていないで、そこの椅子に座りなさい」 「はい」 促されるままに、部屋の隅にあったパイプ椅子に腰掛ける。すると本田は胸ポケットから数枚の写真を取り出すと、そっと理人の机の前に並べた。 そこには、蓮と二人でラブホテルへと吸い込まれていく様子が写っていた――。