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8 新しい門出

「――ハッ、悪いな。俺は誰とも付き合う気ねぇんだ。それに、アンタみたいなガキ臭い童貞野郎とは、無理。……一昨日きやがれ、クソ野郎が」  そう言うと、理人はニヤリと笑って踵を返した。  背後で何か喚いているようだったが、そんなのは知ったことではない。 「あーぁ、いい男だったのに……間宮君」 「……ケンジ、てめぇ……盗み聞ぎすんなバカッ!」 「あだっ!」  扉を開け、階段を降りようとしたところで声を掛けられ、ぎろりと睨み付けると思わずグーで拳骨を喰らわせる。 「いったー! 何すんだよ!?」 「それはこっちのセリフだ! いつから見てた!?」 「んー、俺は誰とも付き合う気ねぇんだ。 ってとこかな。なんでフっちゃったんだよ。間宮君、悪いヤツじゃないよ? 僕の好みじゃないけど」  シレっと失礼な事を口走りながら、不思議そうに首を傾げる。  確かに、見た感じからして悪い奴では無いのだろう。周囲の評判もそこそこ悪くないのは理人も知っている。真っ直ぐで、正義感があって、優しくて、誠実で……。  若干暑苦しくて突っ走りやすい性格を除けば、非の打ちどころが無い。  顔もそこまで悪くは無いから、きっとその気になればすぐに彼女だって出来るはずだ。  何も、男の自分に告白してマイナーな道に進まなくてもいいじゃないか。 「……いいんだよ。あれで。……アイツはまだ、引き返せる。俺みたいなろくでなしと一緒に居ていい奴じゃねぇよ」  ぼそりと言うと、親友は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが直ぐに呆れたようにため息を吐いた。  そして、理人の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。 「なっ、てめっ何しやがるっ!」  乱暴な仕草に理人は眉を寄せて抗議したが、それを無視して更に力を込めて頭を撫でられる。 「何もそんな自分を卑下しなくても……。リヒト君は充分すぎるほどカッコいいし、ろくでなしなんかじゃないよ」 「うるせ。……住む世界が違い過ぎんだろうが! アイツ、警察官目指してるんだろ? だったら猶更、俺なんかと付き合ったら、いずれそれが足枷になる時が来る。……それが嫌なんだ」  あんな思いするのは二度とごめんだから。  そう言いかけて、理人は唇を噛み締めた。 「リヒト君……。ふはっ、優しいね。リヒト君は。でもじゃぁ、そう言ってあげればよかったのに。わざわざ恨まれる様な言い方してさ。……素直じゃ無いなぁ」 「うるせぇな。ほっとけよ」  ケンジにはいつも見透かされている気がする。それが何となく悔しくなって、理人はフンッと鼻を鳴らした。 「でもまぁ、卒業したら会う事も無くなるし、リヒト君が後悔してないんならいいんじゃない?」 「後悔なんてするかよ。俺は誰とも付き合わねぇって決めてるんだ」 「またまた~。そんな事言っときながら大学デビューした途端イケメン捕まえて来るパターンじゃないの?」 「ハッ、セフレくらいなら作るかもしれないけど、ねぇよ」  そもそも、この身体ではまともに恋愛なんて出来る気がしない。身体だけの割り切った付き合いの方が恐らく自分には性に合っているのだと思う。 「あはは。リヒト君らしいと言うか、何というか……。大学行っても偶には僕とも一緒に遊んでよね」  ケンジの言葉にはほんの少し寂しさのようなものが滲んでいが、それには気付かないふりをしてやる。  別にもう会えなくなる訳じゃない。ただ、お互いに進むべき道を進んでいくだけだ。  ――それでも、やっぱりちょっとだけ、名残惜しいけどな……。

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