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「あ”~……喉が痛い……」  翌朝、理人が身支度を整え寝室に出ると、既に起きて朝食の準備をしていた瀬名が笑顔で出迎えてくれた。 「おはようございます、理人さん。昨夜は無理させちゃってすみませんでした」 「……おぉ」  朝っぱらから、爽やかな笑顔が眩しい。しかも、そんな嬉しそうな顔をされたら怒るに怒れなくなってしまう。  淹れたてのコーヒーをテーブルにコトリと置いて向かいの席に着いた理人に、瀬名はさも当たり前のようにトーストとサラダを差し出してくれる。  いつも思うのだが、こう言う仕草がナチュラルに出来るのは本当に凄いと思う。  女性にモテるのも当然だろう。 「なんです? 僕の顔をじっと見て。何か、ついてますか?」 「あ、いや……何でもない。気にするな」  じっと見ていたつもりは無かったが、指摘されると妙に気恥ずかしくて慌てて視線を逸らす。 「そう言えば、お前なんで最近眼鏡を止めたんだ? 髪型も……」  焼きたてのパンを齧りながらここ数日感じていた疑問をぶつけてみた。  以前は女性除けだとか言いながら、野暮ったい眼鏡と、もっさりとした髪型をしていたのに。 「ああ、これですか? もう、隠す必要もないかなぁって思って。意外と邪魔だったんですよねぇ……。それに、やっぱりちゃんとセットしてた方が顧客の受けもいいので」 「……そう、か」  顧客受けがいいと言うよりは、取引先の担当が女性だった場合は特に商談がすすめやすいからだろう。と思ったが、敢えて口には出さなかった。  社内でも、瀬名がイメチェンしてカッコよくなったともっぱらの噂で、以前にもまして女子社員からの人気が高まっているのは知っている。  元々、容姿は整っている方なのだ。髪形を変えたことで、今まで隠れて見えていなかったイケメンっぷりが前面に出てしまい、最近では営業部のみならず社内の女性陣からも熱っぽい眼差しを受けているようだ。  そんな彼の隣に居るのが自分でいいのかと、時々不安になるが、当の本人は全く意に介していない様子なのであまり深く考えないようにはしている。 だが、女性とばかり楽しそうに話をしている姿を見るのは、なんとなく面白くない。 「理人さんこそ、最近とっつきにくさが無くなって来たって、社内で噂になってますよ?」 「あ? なんだそりゃ」 「ちょっと前まで、怖くて近寄りがたかったけど、最近は話しかけやすくなってきたって。皆、理人さんと仲良くなりたいみたいですよ」 「ふん、おままごと遊びじゃねぇんだから仲良くする必要なんかねぇだろ。仕事の効率が悪くなるような付き合いはごめんだ」 「まぁ、理人さんらしいですね」  苦笑しながら、瀬名は自分の分のカップにコーヒーを注ぐ。  自分では態度を変えたつもりなんて無かった。もし、雰囲気が変わったと言うのならばやはり瀬名の存在が大きいのだろう。 「なぁ、今度の日曜、何処か行くか?」 「えっ? 理人さんそれってもしかして、デートのお誘い、ですか!?」 「なっ、ばっ、ちげぇよ馬鹿!! ただ、たまには外で飯食ったりとか、買い物したり……まぁ、普通の休日を満喫したいだけだっ、勘違いすんなっ!」  一瞬にしてパァッと表情を輝かせた瀬名に、一気に顔が火照るのを感じつつ慌てて否定の言葉を口にした。 「ははっ。まぁ、いっか。……あの、僕……どうしても理人さんと二人っきりで行きたいところがあるんです」 「行きたい所? 言ってみろよ」 「動物園に行きたいなぁって」 「……は?」  予想外の単語に理人はぽかんと口を開けた。まさか、こんなベタな場所を指定されるとは思わなかったのだ。 「ダメ、ですか?」  捨てられた子犬のような目で見つめられて何故だかデジャブのようなものを感じた。あれ、この光景なんだか見た事があるような……? 「……たく、ガキか」 「だって、本当はあの時、凄く楽しみにしてたんです。理人さんと動物園に行くの……。でも、姉さんに止められていけなかったから」  瀬名の言葉に、ハッとして息を飲む。 「ちょっと待て、あの時ってなんだ? 俺とお前が一緒に行った事のある場所で、お前の姉貴が関係するところなんてあったか?」  理人の問いかけに、瀬名は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。 「もしかして、理人さん今まで全然気づいてなかったんですか?」 「あ? 何言ってんだ」 「理人さんが、公園で会ってた子、……僕ですよ」 瀬名の口から発せられた言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。

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