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翌日は晴天。絶好のお出かけ日和だった。 「やっぱり、家族連れが多いですね」  それはそうだろう。動物園と言ったら小さい子どもが喜ぶ場所の代表格だ。いい大人が男二人で来るような場所では決してない。  現に入場ゲートで並んでいる時も、不思議そうな目でこちらを見ている親子が何組かいた。 「まぁ、いいんじゃねぇ? たまには」 「僕、正直言うと理人さんがこういう所に一緒に来てくれるとは思ってませんでした」 「別に、俺も来たくて来たわけじゃねぇよ。お前が行きたがってるから仕方無くだ」  ふいっとそっぽを向いてスタスタと歩いていく理人の耳がほんのりと赤く染まっている事に気がついて、瀬名はクスリと表情を緩めた。 「待ってくださいよ。置いていかないで」 「ニヤニヤしてるんじゃねぇよ」 「だって、嬉しくって。ずっと、こう言う場所に憧れてたんです。幼い頃から幼稚園や学校以外家に出ることは禁止されていたので。母が今の父と再婚した時は僕もだいぶ大きくなってたから言い出せなくって……。彼女に動物園に行きたいって言ったら大抵は引かれるか、呆れた顔をされるかだったので、まさかOKしてもらえるなんて夢にも思わなかったんです」  正直な気持ちを口にしたら、なんだかしんみりとした空気になってしまった。いけない、折角の楽しいデートなのに。  その場を取り繕うように口を開きかけたところでコツンと指先で額を突かれた。驚いて理人を見ると、彼は複雑そうな表情をして、でも真っすぐに瀬名を見つめていた。 「たく……。これから何回だって連れて来てやるし、お前が行きたいとこ全部一緒に行ってやる。だから、もう過去の事は忘れろ」  ぶっきらぼうに告げられた言葉に胸が熱くなる。  あぁ、僕はこの人に出会えて良かった。心の底からそう思う。  理人の優しさが胸にじんわりと広がって、瀬名は満面の笑みを浮かべるこくりと頷いた。 「理人さん、好きです」 「あ? んなこたぁ知ってる。つか! こんなとこで言うセリフじゃねぇだろ馬鹿っ」  素っ気ない言葉とは裏腹に、理人は瀬名の手を引いて歩き出した。繋いだ指先から伝わる体温に心まで温かくなっていくのを感じる。  瀬名は幸せを噛みしめるように、理人の手をギュッと握り返した。 「理人さん、あっちにパンダがいるみたいですよ!」 「向こうには象の親子が」 「あ、コアラがいる! へぇ、コアラってあまり動かないんですねぇ」  理人と動物園に来れたのが嬉しくてつい、子供のようにはしゃいでしまい理人をあちこち連れ回した。  ブツブツ文句を言いながらもついて来てくれるのは、さっきの話を聞いて同情させてしまったから?  それとも、恋人として甘やかしてくれているのか。後者だと嬉しいな。  なんて考えながらふれあい動物コーナーへと向かい、小さな子供連れの家族に混じって中へと入る。  中にはヤギや羊、ゾウガメなどが歩いており、自由に触ったり餌を与えたりすることが出来るようになっている。 「うわぁ……理人さん、どうしたんですか!? なんだか凄い事になってますね!?」  瀬名が感嘆の声を上げながら視線を向けると理人は不機嫌そうな顔で舌打ちをした。  餌を持った理人の周りにヤギが群がっている光景は中々シュールだし、本人はものすごく迷惑そうだ。 「おい、わかったから服を引っ張るな。てめぇはさっき食ったろうがっ!」  なんて文句を言いながらも律儀に餌を与えている姿に、思わず吹き出しそうになる。 「瀬名、てめぇ写真なんて撮ってないで助けろ! これじゃ身動きとれねぇ」 「あはは、すみません。可愛くってつい……。取り敢えずその餌投げてみたらどうですか?」  瀬名に促され理人はしぶしぶといった様子で、持っていた餌を放物線を描くようにして投げる。すると、それを合図にしたかのように一斉にヤギ達が飛びついた。 「たく、わらわらと群がりやがって」 「動物たちは心が優しい人がわかるって言うし、みんな理人さんが大好きなんですよきっと」 「嬉しくねぇよ。それと俺は優しくねえけどな」 「そうですか? 理人さんは優しいと思いますよ僕は」 「……っ」  瀬名の言葉を聞いた理人は、何故か一瞬息を飲むとそのまま黙ってしまった。  どうかしたのだろうか? と、理人の様子を伺うと、頬が僅かに赤くなっているのが見えた。  これは、もしかしなくても照れているのでは!?  そう思ったら、ニマニマと頬が緩んでしまう。

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