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「あはは、理人さん下手くそ過ぎですよ」 「うるせぇな。射的なんてやった事ねぇんだよっ!」  一通り動物を見て回った後、二人は連れ立ってゲームコーナーへと足を踏み入れていた。  子供向けだからと侮っていたがやってみると思いの外難しく、景品を取るどころか的にすら当たらない。  ついムキになって何度も挑戦するが、結果は惨敗だった。  景品が欲しかったわけでは決してないが、自分の隣でいとも簡単に撃ち落としている小学生くらいの少年の姿を見ていると悔しさが込み上げてくる。 「クソッ! なんであんなに上手いんだよ!」  うっかり独り言が洩れてしまっていたらしい。隣で瀬名が肩を震わせて笑いを堪えているのがわかった。 「……笑いたきゃ笑えよ」  促してやると、瀬名は可笑しそうに声を上げて笑い出した。よほど可笑しかったのか、目に涙を溜めて腹を抱えている。 「つか、笑いすぎだ!」 「すっ、すみませ……っだって、小さい子に対抗心燃やしてる理人さん……可愛すぎて……フフッ」 「可愛いわけねぇだろ。たく、いっぺん眼科行って来いよ」  中々笑いが収まらない瀬名を一瞥し、コーナーを後にするとフワンと美味しそうな香りが何処からともなく漂ってくる。  匂いの元を辿ると、そこは屋台が立ち並ぶエリアで、焼きそばやフランクフルトなどの軽食を売っているようだった。  時刻はまだ昼前だが、朝早くから起きていたせいか空腹を感じ始めていたのもあり、丁度いいタイミングかもしれない。  昼食は、園内にあるオープンスペースで取ることにした。 「僕、飲み物買って来ます。理人さんはそこに座っててくださいね」  パタパタと軽やかな足取りで自販機へと向かう瀬名の背中を見送ると、理人はベンチに腰掛けてふうっと溜息を吐く。  まさかこの年齢にもなって動物園でデートする事になるとは思っていなかった。  だが、瀬名が楽しそうにしている姿を見ていると、来てよかったと思う。  それにしても、あんなに顔が良くてモテそうなのに、行きたいところが動物園だなんて可愛い所があるじゃないか。  普段はあんなに格好いいのに、時折見せる瀬名の子供っぽい一面が愛おしいと思ってしまうのは惚れた弱味というヤツだろうか。  そんな事を考えていると、コトリと目の前にカップに入ったコーヒーが差し出され不意に頭上に影が差した。 「あぁ、すまな――……っ!」  顔を上げると、そこに居たのは瀬名ではなく、一見爽やかそうな見た目をした長身の男だった。 「久しぶりだな。理人」 「……なん、……で……」  動揺しすぎて言葉がすぐに出なかった。 そこに居たのは端整な顔立ちをした、自分と同年齢の男だった。きちんと伸ばした背筋が美しい長身に切れ長の涼やかな目元が特徴的だ。  眼鏡こそしていないが雰囲気は当時のまま。トレーナーにジーンズとラフな服装をしているが、着こなしが綺麗なのでまるで雑誌から抜け出してきたモデルのようだ。 「――蓮……」  理人が掠れる声でその名を呼ぶと、男はフッと口の端を上げて笑った。それは昔よく見た表情で、理人の心をざわつかせるには充分だった。

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