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「覚えていてくれたんだな。お前の事だから、てっきり忘れてるんじゃないかと思ってのに」 「……忘れられるわけねぇだろ」  あんな事をされて、忘れられるほど自分の神経は図太くない。 「それもそうか。……それにしても……君は本当に変わらないな。少し驚いたよ」  懐かしそうに目を細めながら、理人に断りもなく向かいの席に腰掛けると、彼は理人の顔をまじまじと見つめた。その視線に若干の居心地の悪さを感じながら理人は口を開く。 「あんたは変わったな。すっかりオッサンになっちまって」 「そりゃもう、40手前だし……。でも、イケオジになったろ?」 「自分で言うなよ」  呆れたように返すと蓮はふっっと表情を緩めた。 「なぁんだ、カッコ良すぎて見惚れちゃったかと思ったんだけどな」 「……お前、うざいって言われないか?」 「相変わらず辛らつだな。……まぁ、そう言うところがいいんだが……」  最後の方は声が小さすぎて上手く聞き取れなかった。理人が首を傾げると、蓮は「なんでもない」と、苦笑する。 「そんな事より、理人は何でこんな所に? 家族サービスか何かか?」  そう尋ねられて、ぎくりと顔が強張った。なんと答えていいのか一瞬迷い、口を開きかけたその時。タイミングの悪い事に瀬名が戻って来た。 「すみません、お店が混んでて……って、あれ?  この人……」  瀬名は理人の隣に座る男に気がつくと、不思議そうに理人と彼の姿を交互に眺める。 「あー、えぇっと、こいつは――」 「なぁんだ、ツレが居たのか。残念」  理人が言い淀んでいる間に、蓮はスッと立ち上がると瀬名をジッと見た。上から下までたっぷりと時間をかけて観察すると、「じゃあまた連絡するよ」と言い残し去って行った。 「あっ、おいっ! たく、なんだったんだ……」 「あの人……誰ですか? 凄いイケメンでしたけど」 「……」  どうしよう、正直に話した方がいいのだろうか? いや、別に今更隠すような事でもないが、瀬名に話すのは何故か躊躇われる。 「……理人さん? どうかしましたか? なんだか難しい顔してますけど……」 「あぁ、いや。何でもない……」  瀬名の問いかけに言葉を濁すと、理人は目を伏せ小さく息を吐いた。 「何でもないって顔、してない」 「っ」  コトリとトレイを置いて、瀬名が間近に迫って来る。両手で頬を挟まれ上向かされて、至近距離でじっと瞳を覗き込まれた。 「僕には言えない事ですか?」  瀬名に真剣に見据えられ、心臓がドキリと跳ねた。あぁ、ヤバい。これは下手に誤魔化さない方が良さそうだ。 「いや、そういうわけじゃない。アイツが、……蓮、なんだ」 「あの人が……」 「言っとくが、やましい気持ちなんて全然ないからな!? まさか、こんなとこで会うなんて思って無」 「理人さん」  言葉を遮る様に硬い声が飛んできて、無意識のうちにひゃっと身体が竦んだ。 「……ご飯、食べちゃいましょうか。せっかくあったかい物色々買って来たのに、冷めちゃいますから」 「あ、あぁ」  にっこりと笑っているが、目が全然笑っていない。自分の目の前に座る瀬名は、明らかに怒っていた。

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