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「あ、来たわね」
「は?」
にっこり笑うナオミを問いただす間もなく、ズカズカと大股でやって来た瀬名にガバッと抱きしめられる。
「良かった。まだ此処にいてくれて……」
「瀬……ちょっ、はぁ!? な、なんで……」
なぜ瀬名がこんな所に居るのか理解できず、目を白黒させる理人をみて、ナオミはにやりと口角を上げ、頬に手を当ててわざとらしい笑顔を張り付けたまま、明るい声を出した。
「も~、理人が拗ねてあまりにも辛そうだったから、見てらんなくって余計なお世話しまくっちゃった~~」
「そう言う事です。ナオミさん、このお礼はいつか必ずしますから。行きますよ、理人さん」
半ば強引に腕を引かれ、無理やり立たされるとそのまま店を出るよう促される。
「ちょっ、待て……っ。引っ張んなっ、おい……っ」
瀬名は理人の言葉には耳も貸さず、そのままずるずると引き摺るようにして店を後にする。
瀬名に引きずられながら、後ろを振り向いてナオミを見ると、彼女は親指を立ててウインクをしてきた。
つまり、嵌められたのだ。 いつの間に瀬名と連絡を取り合っていたのだろうか? もしかしたら最初から仕組まれていたのかもしれない。
「おいっ、この手を――」
「嫌です! 離したら理人さんはまた何処かへ行ってしまうでしょう? だから、この手はもう絶対に離しません」
瀬名は強い口調で言い放つ。文句を言ってやろうかとも思ったが、人通りが多い道の真ん中で騒ぐわけにもいかず、理人は口を閉ざした。
互いに一言も発しないまま、人気のない路地裏へと連れ込まれた時、そこでようやく理人は瀬名の腕を払いのけた。
無性に腹立たしく、怒りに任せて目の前の男を睨む。
「こんな所に連れ込んで……何のつもりだ!」
「何も……。ただ僕は、理人さんと話がしたいだけです」
切なげな声と、悲しそうな眼差しに一瞬怯みそうになるものの理人は首を振って己を保った。ここで流されてしまえば、きっと自分はまたこの男の手の中に落ちてしまうだろうから。
「話すことなんて何もねぇ。お前との関係ももう終わりだ」
「どうして貴方はいつもそうやって逃げるんですか! 僕の事が嫌いになったのならハッキリそう言えばいい。なのに、僕を避けるばかりで……っ 話せばわかるかもしれないのに」
理人の言葉にカッとなったのか、瀬名の語気が強くなる。
まるで子供のような反応に理人は思わずため息をつくと、面倒くさげに髪をかき上げた。
「話せばわかる、だと? 夜中に女ども侍らせといて、よくそんなセリフ吐けるな。人のスマホに勝手に出るような親しい間柄なんだろ? まさか、実は姉ちゃんが二人いましたとか言うんじゃないだろうな」
「それは……」
瀬名はバツが悪そうに視線を落とすと唇を噛んだ。やっぱり図星か。と理人は心の中で嘲笑った。胸につかえているどす黒い感情が溢れ出しそうになり、それを必死で抑え込む。
「……、ごめんなさい。あれは違うんです。彼女達は従兄弟であの日はたまたま近くに住んでるって言うから集まって飲んでただけで……」
「ハッ、姉さんの次は従兄弟かよ。馬鹿にしてんのか?」
「本当です。信じてください。僕は、理人さん以外の人とは――」
「うるせぇな。見え透いた嘘ばっか吐きやがって。そう何度も同じ手が通用すると思うなよ?……どうせ、俺の事なんて都合のいい性欲処理機くらいにしか思ってなかったくせに」
「え?」
理人は目を見開く瀬名を鼻で笑い、冷たく見下ろした。
「男はいいよな、妊娠する心配もないし。多少乱暴に扱ったって壊れることも無い。性欲が強いお前にはうってつけじゃねぇか」
自分で口にしている言葉がナイフのように心に突き刺さり、傷口から血が流れていくような感覚を覚える。それでも言わずにはいられなかった。
一度吐き出してしまった感情を止める術なんて持ち合わせていない。
「僕は、理人さんを性欲処理の道具だなんて思ったことは一度もない」
「ハッ、どうだか。性欲処理機じゃなきゃなんだ? ただの肉便器か? それとも――」
「理人さん!!!」
瀬名の鋭い声が響く。同時に強くぎゅっと抱きしめられ、理人は身を捩った。
「触んなって言ってんだろ! 離せよ!」
「嫌だ! 絶対離さない! どうして、理人さんは自分を卑下して傷つけるような事ばかり言うんですか……」
「うるせぇな。事実だろうが」
他に何があると言うのだろうか? 自分の価値なんて、たかが知れているというのに。
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