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「そんなわけ、ないじゃないですか……」  瀬名の声は震えていて、泣いているのではないかと錯覚してしまいそうになるほど弱々しかった。だが、抱きしめて来る力は驚くほど強く、簡単に振り払えるものではない。 「……っ!……んだよっ! 離せっ!」  どうにかして逃れようと暴れるが、ますます腕の力が強くなっていく一方で、いくら抵抗してもビクともしない事に苛立ちを覚える。 「離さないと言っているでしょう!? 理人さんは自分を過小評価しすぎですよ」 「ふざけんな! 俺は別に――」 「もう黙って!」  瀬名に怒鳴られて、理人はびくりと身体を震わせた。 「……っ、お願いだから……そんな悲しいことを言わないでください。これ以上、自分を傷つけないで……」  瀬名は懇願するように呟くと切なげに、苦しそうに顔を歪めた。 「うるせぇな、お前に何がわかる!」 「嫌なんですよ! 貴方が自分の事を悪く言って、蔑んで、傷つくところを見るのは……っ。今回の事、スマホをテーブルに置きっぱなしにしたまま席を立った自分に責任があるので、何も言いません。疑われるのは悲しいけどいつかはわかってくれると信じてますから。……でも、だからって理人さんが僕のせいで自分を否定して、自分自身を貶めるのは許せない。例えそれが理人さん自身であっても」  瀬名はそう言って理人を抱きしめる力を少しだけ緩めた。怖いくらいに真剣な眼差しで、理人の顔をじっと見据える。  その瞳は不安に揺れ、今にも泣きだしそうだった。 (なんで、お前の方が泣きそうな顔してるんだ……) 理人はそれに気付くと、何かを堪えるようにグッと歯を食いしばり、それから小さく舌打ちした。 何と言っていいのかわからず、口を噤んだ理人を見て瀬名も押し黙ってしまう。 重苦しい沈黙が二人の間を流れ、互いの呼吸音だけが鼓膜を揺らす。その静寂を破ったのは瀬名だった。 「ねぇ、理人さん。僕と別れたいと言うのは本心ですか?」 「……あぁ」 一瞬の間があって、短く告げられた言葉からは理人の意思を感じることは出来ない。だがそれは、瀬名の心をずしりと重くするには充分すぎるものだった。 「こんなオッサンいつまでも相手にしてないで、さっさと次の相手を見つけて幸せになれよ」 「……っ」 「お前は若いし、イケメンだから女なんかよりどりみどりだろ。わざわざこんなおっさん選ばなくても、お前なら――」 気付くと、いつの間にか雨がパラパラと降り始めていた。 冷たい雫は瀬名と理人に降り注ぎ、互いの洋服を濡らしていく。 「……どうして、そんな事を言うんですか?」 感情の読み取れない声が理人に投げかけられる。 「あぁ? 何がだよ」 「僕が、理人さん以外を選ぶって……本気で思ってますか?」 「……っ」 そんなの本心で言っているわけでは無い。本当は瀬名が他の誰かと付き合うなんて想像もしたくないし、耐えられない。 けれど、瀬名のためを考えると自分が身を引く方がお互いの為にはいい。 否、瀬名の為だとか言いながら、自分が辛くて耐えられないのだ。瀬名の事を信じたいと思う一方で、いつか、自分の元を去って行ってしまうのではないかと言う不安な気持ちがどうしても拭えない。 蓮が、ある日突然一方的に関係を終わらせたように、瀬名だっていつ自分の前から居なくなってしまうかわからない。 そう思うと、胸の奥がじくじくと痛み、息が出来なくなる。

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