102 / 228
10-6
なんと言っていいかわからずに、押し黙っていると、瀬名が静かに口を開いた。
「……信じて貰えないって、やっぱり……辛いですね」
泣き笑いのような表情でそう言うと、瀬名はくるりと背を向けた。 俯いて表情はわからないものの、強く握られた拳が小さく震えているのが視界の端に映る。
「ち、ちがっ……俺は別に……そんなつもりじゃ」
「もう、いいです。……これ以上、此処にいてもお互いの為にならないだろうから、僕はホテルに戻りますね。強引に連れ出してしまってすみませんでした」
それだけ言うと、瀬名は足早にその場を後にしようとする。
慌てて追いかけようとしたが、時すでに遅し。瀬名は丁度のタイミングでやって来たタクシーへ素早く乗り込むと、一度も理人の方を振り返ることなく、そのまま走り去って行ってしまった。
「……ッ、馬鹿か、俺は……」
理人はその場にズルズルとしゃがみこむと、髪をくしゃっと掻きむしり、盛大な溜息を吐いた。
どうしてこうも上手くいかないのか。どうして自分はいつも大事なところで失敗してしまうのか。
信じてやりたいと思いながら、結局同じことを繰り返してしまっている。
あんな顔、させたかったわけじゃないのに――。
視線を上げると暗い空から糸のような雨が、静かに降り注いできた。あっという間に濃くなって周囲を包み込んで行っても、理人はしばらくその場から動くことが出来なかった。
*****
「やぁねぇ、目の下に大きなクマなんか作っちゃって。昨夜はダーリンが寝かせてくれなかったの?」
翌日、理人が待ち合わせ場所でナオミを待っていると、開口一番に彼女はそう言った。
「んなわけねぇだろ、頭沸いてんのか? アイツの話はすんな」
理人はうんざりした様子でため息をつくと、煙草を咥え火を点けた。
瀬名にメッセージを送ろうと思ったが何と書いていいかわからずに、悶々と過ごすうちに朝になってしまい、昨夜は結局、一睡もできなかった。
「なぁに? せっかくお膳立てしてあげたのに上手くいかなかったの? あんまり意地張ってると、誰かに取られちゃうかもよ?」
「……チッ、うっせーな……わかってるんだよ、んな事は」
理人は苦虫を噛み潰したような表情でそう吐き捨てた。
瀬名との関係が拗れてしまったのは自分のせいだと、誰よりも理解している。
このままでいいわけがないのはわかっているつもりだが、昨日の今日で何を話せばいいかもわからない。
「は~、これだから恋愛初心者って、拗らせると面倒臭いのよねぇ~」
ナオミは頬に手を当て、呆れたような口調で言うと、ヤレヤレと言わんばかりに肩を竦め理人の肩をポンと叩いた。
「取敢えず、辛い事は一旦忘れて今日は楽しみましょ。瀬名君の事は後からゆっくり考えたらいいわよ。時間が解決してくれるかもしれないじゃない?」
「……お前、そんなふざけた見た目してる癖にたまに良いこと言うよな」
「ひっどーい。たまに、じゃなくて何時もでしょ。それに、女性に対して見た目の事を言うのはタブーよ。タブー!」
「……はぁ、そうかよ」
理人は気の無い返事をしながら紫煙を大きく吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出すと、ナオミのあとをついて歩く。
瀬名の事は気になるが、今は彼女の言う通り、余計な事を考えずに楽しむべきなのだろう。
今日は折角の同窓会なのだから。
「あんま気乗りしねぇが……楽しまないと損、か」
「そうそう、積もる話もあるだろうし、みんな中々来ないアンタに会いたがってるんだから」
パチンとウインクを一つしてみせると、ナオミは悪戯っぽく笑った。
ともだちにシェアしよう!