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「――。ほら、家に着いたぞ」
複雑な思いを抱えながら、蓮を部屋まで送り届けるとポケットの中から勝手に鍵を取り出して中に入り、とりあえずベッドに寝かせた。
バフっとベッドに放り投げ、微睡んでいる彼を見て、思わず盛大な溜息が洩れる。
「……世話の焼けるヤツ」
「ん……理人……?」
「ほら、水。此処に置いていくから」
スーツが皺になるかもしれないと気にはなったが、そこまでしてやる義理は無いかとそのまま放置して、ミネラルウォーターだけ置いて玄関に向かおうとしたその時、不意に強い力で腕を引かれた。いつの間に起きたのだろう? 蓮が理人の腕をしっかりと掴んでいたのだ。
「おい、離せ」
「嫌だ」
「は? 何言って……」
振り払おうとしても蓮は手を緩めようとしない。それどころかますます力を込められて痛みすら感じる程だった。
一体どういうつもりなのか理解出来ずにいると、急に引き寄せられバランスを崩し蓮の胸に倒れ込むような形で抱き寄せられ、そのまま強く抱きしめられた。
「ちょっ、何すんだよ! 離せって言って――」
「……離したくない」
耳元で囁かれた声は何処か切なげで、一瞬胸が高鳴る。だが、直ぐにハッと我に返り、蓮の腕から逃れようとした。
「何言ってんだ、酔っぱらいが。……たく、家に送ってやっただけで充分だろうが」
一体、誰と間違っているのだろうか。 こんなものは酔っぱらいの戯言だ。耳を傾けてはいけない。
だが、離れようと思っても思いの外力が強くて身動きが取れず、理人はハァと、もう何度目になるのかわからない溜息を洩らした。
すると、蓮は更に強い力でギュッと理人を引き寄せ、首筋に顔を埋めてくる。
クンクンと匂いを嗅ぐように鼻先を押し当てられて思わず身体が強張った。
「帰るなよ。理人」
「いや、俺には用が……」
言いかけて、脳裏に先ほどの二人が過った。 もしも、戻ってあの二人が一緒に居る所に遭遇したら? 自分は邪魔だと言われてしまったら?
いや、何を考えているんだ。瀬名がそんな事するはずがない。だけど、もしも――。
考えれば考えるほど、悪い想像ばかり浮かんできて途端に不安が大きくなった。
信じると決めたはずなのに、さっき車窓から見た光景がチラついて仕方がない。
頭の片隅で二の足を踏んでいる理人の心情を見透かしたかのように、蓮の手の平が理人の頬に触れた。優しく撫でられピリピリと肌が粟立っ。
「理人? ……なんでそんなに、泣きそうな顔してるんだ」
「してねぇ」
「嘘つきだな。相変わらず」
今にも蕩けそうな視線が絡みつき、鼓動が速まる。このままでは駄目だと頭の中では警鐘が鳴り響いているのに、どうしても目が逸らせない。
こんなのはおかしい。ダメなのに……。
唇に熱い吐息を感じて、ごくりと喉が鳴る。
今にも触れてしまいそうな位置に蓮の唇があって――……。
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