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「いたっ」
ゴツッと鈍い音がして額と額がくっついた。
一瞬何が起こったのかわからずに、うっすらと目を開けると視界いっぱいに、ニヤニヤとした笑みを浮かべた蓮の顔があった。どうやら、からかわれていたらしい。
「ちょっと期待しただろ」
キスを待ってるみたいに思わず目を閉じてしまった自分が恥ずかしいのと、酔っぱらいの戯言にハメられて腹が立つのとで、やり場のない思いが胸の中をぐるぐると渦巻き、体温がぶわっと上がって来る。
「っ、この、酔っぱらいがっ! 馬鹿な事言ってないで、退けよっ重いっ」
グイグイと蓮の肩を押すと、意外にも素直に腕の力が抜けていく。
やっと解放された事にホッとして、理人が立ち上がろうとしたその瞬間、再び蓮に強く引き寄せられた。
あ!と気付いた時にはもう遅く、今度はさっきとは比べ物にならないくらいの力でベッドに引きずり込まれ、上から覆いかぶさるように蓮が圧し掛かって来る。
突然のことに抵抗しようと身を捩ったが、両手首をガッチリと押さえつけられて身動きが取れない。
「……今夜、泊って行けよ」
「は、いや……だから、俺には用事があるつってんだろうが」
「そんな辛そうな顔してんのに? そんなの、放っておけるわけないだろ」
「な、に言って……」
真っ直ぐに見つめて来る瞳があまりにも真剣で、思わず言葉が詰まってしまう。
自分が今、どんな顔をしているかなんてわからない。でも、きっと酷い表情をしているに違いないと思う。それはきっと……迷っているからだ。瀬名にもう一度会いたいと思っているから。
黙り込んだままでいると、不意に大きな手のひらが伸びてきて頬に触れてきた。そのまま指先が顎にかかり、くいと持ち上げられる。
「行くな理人……。行かないでくれ。このまま……俺の側に居てくれよ」
縋り付く様な声色で告げられ、理人は困惑を隠しきれなかった。何故、そんな事を言われなければならないのか。
何と答えていいかわからずに戸惑っていると、不意にスーツの中に入れたままのスマホが着信を告げた。
瀬名かもしれない。電話に出なければ。そう思うのにシーツに手を縫い留められていて動けなかった。
「は、離せっ」
「嫌だ。離したらお前は、その電話の主の所に行くんだろう?」
「別にお前には関係ないだろうが!」
苛立ちに任せて睨み付けると、蓮は眉根を寄せて苦しげな表情を見せた後、小さく呟いた。
「そう、だけど……。嫌なんだ。お前の事が好きだから……この手を離したくない」
「……は……?」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
蓮は、理人が呆然とするのも構わずに言葉を続ける。
「ずっと、好きだった。だけど、出会いは最悪だったし、お前に酷い事も沢山した……。だから、言えなかったんだ……。この気持ちが苦しくて、離れたら少しは楽になるかと思ったのに、楽になるどころか余計苦しいだけで、もう忘れなきゃいけないと頭ではわかっているのに、全然離れてくれなくて……」
切なげな声で紡がれる言葉の意味を反芻し、意味を理解するのに数十秒かかった。その間も蓮はじっと理人の反応を窺うように見つめている。
蓮が自分を……? まさかそんなはずはない。きっと聞き間違いだ。
蓮は酔っているから記憶が色んな人とごっちゃになっているに違いない。だけど、もしも本当に自分の事が好きだったと言うのならば、どうしても言わずにはいられなかった。
「……ほんっと、勝手な奴。自分から関係を断っておいて今更好きだった? ふざけるな! あれから何年経ってると思ってる? なんで、今……なんだよ」
絞り出すような声は僅かに震えていた。過去の苦々しい思いが蘇り、眉間に深い皺が出来る。
蓮は、じっと理人の言葉に耳を傾けていた。僅かに力が緩んだすきを見計らって起き上がると蓮から距離を取る。
「俺は……お前に会うまで、あんな無茶苦茶なやり方で他人と関係を始められたことは無かった。ある日突然、連絡がつかなくなって、一方的に関係を終わらせられたことも……。あれから、俺がどれだけ苦しんだかお前にわかるか?」
「いや……」
「俺はあれから、人の事が信じられなくなった。自分を慕ってくれている間はいい。だけどもし、自分以外に興味対象が移った時、また捨てられるんじゃないかって思うと、怖くて仕方が無くなるんだ」
今でも思い出す度に胸が痛む。瀬名と過ごした時間は楽しくて幸せだったが、同時にいつも不安が付いてまわっていた。いつか瀬名が他の誰かを愛す日が来るのではないかと恐れていたのだ。
そんな事を考えてしまう自分に幻滅し、結局瀬名を傷付けてしまった。
信じたいのに、不安な気持ちがどうしても過ってしまう。
「こんな自分は嫌だと、頭では思っているのに……治らないんだ」
グッと奥歯を噛みしめる。
「……再会する時期が少し違っていたら……、もしかしたら蓮の気持ちにも応えてやれたのかもしれない。でも……、今は無理だ。そいつにはもう、呆れられてしまったかもしれないけど……それでもやっぱり、俺はアイツがいいんだ」
蓮の事は嫌いじゃない。むしろ好意的に思っていたんだと思う。だからこそ、今の状態で付き合うのは難しいと感じるのだ。
例え蓮が本気で想っていてくれたとしても、今の理人にはその想いに応えることは出来ない。
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