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「……はぁ……。そっか、そう……だよな……」  ははっと乾いた笑いが零れて、蓮は理人から視線を逸らした。  落胆させてしまったのだろうか。申し訳ないと思いつつ、理人はゆっくりとベッドから起き上がると、衣服を整え、立ち上がる。 「……悪いな。応えてやれなくて」 「いいよ、別に。寧ろ、言えてさっぱりしたし……。後悔はしてない。……そうだよな。もう、随分昔だもんな」  何処か吹っ切れたような表情を浮かべる蓮はどこか寂し気にも見えた。 「そうだ、もう昔の話だ。お前も、何時までも過去の亡霊にしがみ付いていないで早く新しい恋見付けたらどうだ? いい男の無駄遣いだろ」  わざと明るく振舞おうと冗談めかして言うと、蓮は一瞬だけムッとした表情を浮かべたが直ぐにフッと笑みを洩らす。 「ハハッ、そう、だな努力はしてみるよ。ただ、無理だったらその時はお前の恋人に挑戦状でも投げつけに行こうかな」 「……それは迷惑だから止めてくれ」  そんな事された日には瀬名がどんな顔をするか想像に難くなく、理人は溜息交じりに呟くと玄関に向かった。 「じゃぁな、酔っぱらい」 「もう、酔いなんて醒めたって……あ、理人」  蓮は靴を履いてドアに手をかけた理人を呼び止めると、振り向いて顔を上げたその唇にチュッと触れるだけのキスをした。  突然のことに対処しきれず目を丸くして固まった理人を見て、悪戯っぽく笑う蓮は、あの頃と変わらない屈託のない笑顔を浮かべていた。 「……っ、アホっ! やっぱ酔ってんじゃねぇか? クソがっ!」  バタンと大きな音を立てて扉を閉める。酔っぱらいはこれだから嫌だ。理人は唇を腕で擦りながら早足でエレベーターに乗り込むと、そのままエントランスを抜けて外に出た。  冷たい風が頬を撫で、火照る身体を冷ましていく。  はぁ、と息を吐いてスマホを確認すれば着信を寄越した主は瀬名ではなく、ナオミだった。  期待していた人物と違うことに落胆を隠せず、そのままポケットに仕舞おうとしたその瞬間。  手元にあるスマホが着信を告げた。表示されている名前はやはりナオミで、理人は首を傾げた。  彼女が二度も掛けてくるという事は、よほど何か大事な用があるのだろう。  渋々通話ボタンをタップすると、焦ったような声が聞こえて来た。 『あ! 良かった、理人やっと出た! もう、何してたのよ!?』 「悪い、少し野暮用があって。……、で? なんだ?」 『なんだ、じゃないわよ! 瀬名君が女に刺されて大変なの! だから早く、ウチの店に来て!』  早口で捲し立てられ、一方的に電話は切れた。  瀬名が、なんだって? ナオミは何と言った? 女に、刺された――?  一体何が起きたと言うのだろうか? 刺されたって、なんで? 瀬名は、無事なのか?  全身の血の気が一気に引いていく。 一体何がどうなったらそうなる? 意味も分からず理人は慌ててタクシーを捕まえようとしたが、こんな時に限ってタクシーが捕まらない。 「チッ、なんでだよ……」 気持ちばかり焦っても仕方が無いとわかっているが、居ても立っても居られずに、理人は舌打ちすると全速力で走り出した。

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