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10−13
理人がナオミの店の前に着いたのは、それから十分程経った頃だった。
深夜の時間帯だというのに、店内からは煌々と明かりが漏れている。
「お客さん、着きましたよ」
運転手に声を掛けられ、代金を払って車を降りると転がり込むように店の中に入った。
「瀬名!」
勢いよく扉を開け、店内に飛び込んだ先で見たものはいつもと何も変わらない光景だった。
「あら、思ったより早かったのね」
「オイ、ナオミ! どういうことだ!? 瀬名は? どこにいる!?」
「ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いてなんかられるか! 早くしろ!」
詰め寄るようにして睨みつけると、ナオミは何も言わず肩をすくめて、神妙な表情を作った。
「瀬名君は……」
「瀬名は?」
ゴクリと唾を飲み込み、続きを待つ。
「いい子だったのに……あんな目に遭うなんて! うぅ……」
「……どういう、意味だ?」
取り出したハンカチで涙を拭うような素振りを見せるナオミを見て、嫌な汗が背筋を伝った。まさか、まさかとは思うが……
最悪の事態が脳裏を過り、思考を振り払うように首を振ってもう一度問いかける。
「あれは店を開けてからすぐの事だったわ。瀬名くんと真希が腕を組んで店にやってきたの」
「……」
やはり、あのとき見たのはっ見間違いじゃなかったのか。複雑な思いに苛まれていると、ナオミは言葉を続けた。
「最初は仲が良いんだなーくらいにしか思って無かったんだけど、瀬名君の様子がおかしくて……何があったんだろうって心配してたら、突然、彼が真希を突き飛ばしたの」
「突き飛ばした?」
「えぇ。それで……真希が持っていた包丁が彼の胸に」
「そんな……」
まさか、そんな事が……いや、しかし、そう考えるとしっくりくる。
「……瀬名の奴は、大丈夫なのか?」
「幸いアタシがすぐに止めに入って大事には至らなかったけど……。でも、出血量が多くて、このままじゃ……」
ガクッと膝から力が抜けてその場に崩れ落ちた。床についた手が小刻みに震えて止まらない。視界がぼやけて歪む。胸の奥から熱いものがせり上がってきて喉が焼けるように痛い。
「今は二階で眠ってるわ」
「っ、くそっ」
弾けたように顔を上げ、理人は急いで二階へと駆け上がった。途中何度も転げそうになりながら部屋のドアを開けると、簡易式ベッドに横たわる瀬名の姿を見つけ慌てて駆け寄った。
「瀬名っ!」
ぐったりとして動かない瀬名に恐る恐る触れてみると、僅かに呼吸をしているのがわかりホッと胸を撫で下ろす。
「……バカか。お前……何刺されてるんだよ……」
安堵からか、怒りからか。自分の声が微かに震えていることに気付き、唇を噛みしめる。
「……なんで、病院にすぐ連れて行ってやらなかった?」
「店には客がまだ数人いたし、こんな小さなバーで殺傷事件が起きたなんて知れたら、大事になると思ったのよ。それに、瀬名君もこんな状態で救急車を呼ぶのは避けたいって言って……」
「そうか……。でも、だからって! こいつに何かあったら俺は……っ俺はコイツに、言わなきゃいけないことが沢山あるのに……」
すっかり冷たくなった手を握りしめ、理人は俯いたままグッと拳を震わせた。
どうして、こうなってしまったのだろうか。こんな風になるとわかっていたら、あんな酷いこと言わなければよかった。
別れたいなんて嘘だ。本当はずっと一緒にいたかった。もっと優しくしてやれば良かった。好きだと、ちゃんと伝えていれば……。
後悔ばかりが先に立ち、頭の中でぐるぐると回る。
「理人はまだ、瀬名くんのこと好きなのよね?」
「当たり前だ……」
「別れるって言ったこと後悔してる?」
「……? あぁ」
何を今更と怪しげに見上げると、ナオミはニヤニヤとした笑みを浮かべて理人の方を見下ろしていた。
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