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「そう、ならいいわ。それだけ聞ければ十分よ。ね、瀬名くん?」
「――はい、充分すぎですよ。ナオミさん」
「な――はぁっ!?」
一体、どういうことだろう? 眠っていた筈の彼が、突然ムクリと起き上がり驚いた表情を浮かべた理人を見てニッコリと微笑んでいる。
着衣に乱れた様子も無ければ血の跡も見当たらない。それどころか、傷ひとつ見当たらずピンピンしているではないか。
「お前、刺されたんじゃ……? なん、で……??? 」
意味が判らずに目を白黒させ、瀬名とナオミを見比べてハッとした。
「オイコラ、ナオミ……これはどういうことだ? コイツ、ぴんぴんしてるじゃねぇか!! 納得のいくように説明しろ!クソがっ!」
地を這うような低い声が出て、理人は怨みがましくナオミをじろりと睨んだが、ナオミは悪びれた風もなくペロッと舌を出しただけだった。
「やぁねぇ、怖い顔して。刺されそうになってたのは本当よ? ちょぉっとばかし大袈裟に脚色してみたけど」
悪戯っぽく笑うナオミに、理人はワナワナと唇を戦慄かせた。
つまり、あの時瀬名が女に刺されたというのは……
全部、演技だったというわけか。
「てめっ……マジいっぺん絞める!」
「落ち着いてください、理人さん! 俺が刺されたっていうのは確かにナオミさんの冗談です。でも実際、本当に刺されそうになったんですけど、ナオミさんが咄嵯の判断で僕を助けてくれて……、それでその……丁度いい機会だし、理人さんを呼び出す口実に使おうってナオミさんが言い出して……。僕は悪趣味だからやめたほうがいいって言ったんですが……」
「…………チッ」
申し訳なさそうな顔をする瀬名を見ているうちに段々と冷静さを取り戻してきた理人は小さく息をつくと、ドカッとベッドの端に腰掛けた。
そしてそのままギロリと鋭い視線で隣にいる男を射抜く。その迫力に押されたのか、瀬名はビクッと肩を揺らした。
「すみません。怒って……ます、よね?」
「あぁ、悪趣味にもほどがあるだろ」
「あらぁ、血相変えて飛び込んでくる理人可愛かったわよ? だいたい、普通に刺されたんなら即病院連れてくに決まってるじゃない。まぁ、アタシの演技がそれだけ上手かったって事でしょうけど」
「てめっ……」
フフンと得意げに鼻を鳴らすナオミに、理人は青筋を立てて拳を握った。
しかし、ここで怒っていては相手の思うつぼである。理人は沸き上がる怒りをどうにか抑え込むと、心を落ち着けようとして深呼吸を繰り返す。
「理人さん。詳しい事は家に戻って話しますから」
「あら? 此処で話して行かないの?」
ナオミの問いに、瀬名は小さく首を横に振った。
「きっと長くなりそうなので。お店に迷惑はかけられませんよ」
「アタシは別に構わないけど、面白そうだし……でもまぁ、いいわ。今度、ちゃんとどうなったか報告してよね!」
ナオミの言葉に瀬名は曖昧に笑って返すと、理人にスッと手を差し出した。
「帰りましょう、理人さん」
「……あぁ」
差し出された手を掴んで立ち上がると、瀬名は何処か照れくさそうに頬を掻いた。
そんな彼の様子を見て、理人もまた気恥ずかしさに駆られて思わずそっぽを向く。
ナオミに嵌められたとはいえ、柄にも無く取り乱してしまった。
今更取り繕っても仕方がない事とわかっているが、どうにもバツの悪さが拭えない。
「今度こそ、ちゃんと仲直りしなさいよね」
「チッ、あのお節介が……っ」
ナオミの小言に毒づきながら、理人は瀬名の腕を掴んで足早に店を後にした。
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