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10-15

途中のタクシーの中で、二人は終始無言だった。  思うところが沢山あり過ぎて、結局何を言えば良いのかわからずに、ただひたすら窓の外を眺めて重い沈黙を何とかやり過ごした。  やがて、マンションに辿り着くと、瀬名は何も言わず先に部屋へと入って行った。  理人も黙ってその後を追う。  リビングに入ると、瀬名はすぐにソファに座り込み、大きくため息をついた。 「あー……なんか、疲れましたね。いろいろあって」 「あぁ、そうだな……」  瀬名に促され、隣に座ったものの、どうしてもギクシャクとした空気は拭えず、気まずい沈黙が二人の間に落ちる。  何か言わなくては、と思うのに、いざこうなってみると何処から話を切り出せばいいかわからなくなってしまう。  だが、何時までもこのままでいいはずがない。そう思って顔をあげ――。 「――すみません!」 「……すまないっ」  二人同時に発せられた言葉が重なって、再び静寂が訪れる。  瀬名を見ると、彼も同じようにこちらを見つめていて、理人は思わず苦笑を漏らした。 「なんでお前が謝る必要があるんだ。謝るのは、俺の方だろ」 「いえ、元はと言えば、僕が悪いんです。誤解を招く様な時間帯に女性と居たりしたから」 「違う、あれは俺がお前を信じなかったからだ。お前は……悪くない」  瀬名の言葉を遮って理人がそう言うと、瀬名は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに困ったように眉を下げて目を伏せた。 「……お前の事を心の底から信じてないわけじゃない。……けど、いつか俺より好きな奴が出来た時、あっさりと捨てられそうな気がして、……怖いんだ」 「……そんな事……」  瀬名はそれ以上何も言わなかった。それがそれがまた、肯定されているようで胸が痛む。 「俺は、お前と一緒に居ると楽しいし、安心する。でも、俺にはお前に与えられるものなんて何も持ってない。だから……不安になる。いつかお前に愛想尽かされるんじゃないかって……。不安で、怖くて仕方がないんだ……お前の事が、す、好き……だから……」  最後の方は虫の羽音くらいに小さな声にしかならなかった。情けないやら恥ずかしいやらいろいろな感情が綯交ぜになって押し寄せてきて、理人は耳まで真っ赤にして俯いた。 「理人さん……っ」  瀬名に名前を呼ばれ反射的に顔を上げると、次の瞬間にはぎゅっと強く抱きしめられていた。  ドクンドクンと心臓が脈打つ音が耳に響く。 「あぁ、もう……、なんでそんなに、馬鹿なんですか……っ」 「なっ、ば……っ!?」 「馬鹿ですよ、本当に……。僕は、理人さんさえいれば何も要りません。理人さんから何かを与えて欲しくて一緒に居るわけじゃない。理人さんが好きで、好きで……堪らないんですよ。理人さんじゃなきゃ駄目なんです」  瀬名の声は震えていた。  抱き締められているせいか瀬名の鼓動がいつもよりも早くて熱い体温が心地よくて、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。 「馬鹿は、テメェだろ……。俺の方が先にジジイになっちまうんだぞ? その時にも同じことが言えんのかよ」 「言えますよ。例え貴方が、ボケて僕を忘れることがあったって、絶対に手放しませんから」 「例えが怖すぎるだろ!」  思わず突っ込むも、瀬名は腕の力を弱めようとしない。  それどころか、ますます力がこもり、理人は身動きが取れなくなってしまった。 「おい……」 「嫌です。暫く、こうしていてください」 「……勝手にしろ」  瀬名は嬉しそうな声で「はい」と答えると、理人の髪に顔をうずめて深呼吸を繰り返した。 「理人さんの匂いだ……。すごく落ち着きます」 「……俺は、全然落ち着かねぇ……」 「エッチな事考えるから?」 クスリと笑い声を零して瀬名がそう問うと、理人はギョッと目を見開いた。 そして、みるみるうちに首筋や額までも赤く染め上げていく。 「なっ、はぁ!? ば、バッカじゃねぇのっ!?」 「なっ、はぁ!? ば、バッカじゃねぇの!? 違うし!」 慌てて否定し、ツンとそっぽを向いた理人を見て、瀬名は楽しげに肩を揺らして笑う。 「あはは、理人さん、可愛いなぁもう……。そういうところも大好きですけどね」 そう言うが早いか首筋に甘く吸い付かれ、ビクリと肩が跳ねた。 「おいっ、いきなり……っまだ、話の途中……っ」 「そんなの、後でいいじゃないですか。ね? 理人さん……キス、したい」 甘い囁きと共に耳元で吐息を吹き込まれればぞくぞくと腰が震える。 「どうせ、嫌だって言ったってスる気だろうが……」 「あはは、バレちゃいましたか」 悪びれた様子もなく笑う瀬名を睨みつけながら、理人もまた小さく笑った。

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