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(瀬名視点)
「なぁ、お前……今扱ってる案件はどの位で終わりそうだ?」
「なんですか、急に……?」
「いいから答えろ」
しっとりとしたキスの後。突然、甘い空気が払われて仕事の話を持ちだされ、瀬名は不満そうな声を上げる。早く答えろと急かされて意味も分からず渋々と頭の中で計算した。
現在、手掛けている案件は二つ。どちらもそこまで急ぎではないが、早めに終わらせておきたいものばかりだ。
「取敢えず、出張の報告書と合わせても……1週間もあれば終わるかと思いますが」
一体なんで突然そんな事を聞きたくなったのか。仕事の話なら今じゃなくてもいいのに、と不思議に思いながらも正直に答えた。
「そうか……。瀬名、これから1週間の間は新規の案件を取るな。あと、今ある案件も3日以内で終わらせろ」
「え、3日……ですか?」
「そうだ。お前なら出来ないわけがないだろう?」
理人の口調は有無を言わせぬものだった。相変わらず無茶ぶりをしてくる。
だが、理由もなしにそんな無茶な事を理人が言うはずがない。きっと、何か考えがあってのことなのだろう。
確かに、理人の期待に応える自信はある。だが、先を急ぐ意味がわからないし、新規を取るなと言うのもやはり納得がいかない。
理由があるのなら言ってくれたらいいのに。
まさかとは思うが、自分に異動の話でも出ているのだろうか?
「あの……理由を聞いても?」
「…………」
理人はすぐには答えなかった。それがまた余計に瀬名の不安を煽り立てる。
やっぱり、異動話が出ているのかもしれない。理人はきっとそれを自分に言い辛くてこんな言い方をしているのではないか?
瀬名はそう考えてみるが、それならば何故もっと早くに話をしないのか。私情を挟むなんて理人らしくない。
瀬名が一人で悶々と考えていると、理人が徐に口を開いた。
「……お前の仕事が片付いたら、草津へ行こうと考えてるから」
「……はい?」
全く予想していなかった理人からの言葉に瀬名は目を丸くする。
「草津……温泉、ですか……?」
「それ以外に何がある?」
理人から出てきた予想外の単語に瀬名は目を丸くし、きょとんと小首を傾げた。
確かかに以前、そんな話も出ていたが、お互い忙しすぎてなぁなぁになったままになっていた。理人は特に、部長職の他にも色々な業務の手伝いや案件を請け負っているようだったので、半分以上諦めていたのに、まさか覚えていてくれたなんて。
「最近ようやく、仕事の目途が付きそうなんだ……その……待たせて、悪かった……」
少し気まずげに視線を逸らすと理人はボソッと謝罪の言葉を口にする。その仕草が何とも言えなくて胸の奥がきゅっと苦しくなった。
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