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 約束の日、朝から瀬名はソワソワと落ち着かない様子でバスが来るのを待っていた。 「少しは落ち着け。ガキみてぇにウロウロすんじゃねぇよ」 「だって……理人さんと二人で旅行なんて初めてだし……っ」  そう言いながら瀬名は鼻歌でも歌いだしそうな程上機嫌で、バスの到着を待っている。  たかが温泉に行くのがそんなに嬉しいのだろうか? と理人は疑問に思ったが敢えて口には出さなかった。  そうこうしているうちに直行バスが到着し、他の乗客の後に続いて乗り込むと、空いている席に並んで腰掛けた。 「いよいよ、ですね」 「……あぁ」  何処か緊張している様子の瀬名が少し可笑しくて、バスが動き出したタイミングでそっと指を絡めてみた。  途端、瀬名の肩が大きく震える。 「り、理人さんっ」 「声がデカいっ! ……たまには、こう言うのも悪くないかと思って……」  バスの中なんだし、少しくらいこうしててもバレないだろう。  言いながらだんだん恥ずかしさが込み上げてきた。自分は何を浮かれているんだ。  こんな、大勢の客が乗っているのに隠れて手を繋ぐだなんて!  浮かれるなと瀬名に言いながら、自分も相当じゃないか。 これでは人の事言えたもんじゃない。 繋いだ手はそのままにふいっと視線を逸らした理人を見て、瀬名はクスリと笑うと、指先にきゅっと力を込めた。 「……あまり、僕を煽らないで下さいよ」 「あ? なに言――っ」  一瞬、何を言われたのかわからなくて首を傾げた。  そのタイミングで唇に突然触れるだけのキスをされて、今度はこっちが固まってしまう。 「ちょっ、お、おおおっ、おまっいきなり何っ」 「しーっ、大きな声を出すと怪しまれます」  チョンと唇に指を押しあてられて言葉に詰まる。お前のせいだろ! と、言いたかったけれどそこはグッと堪えた。 (チクショウ! 涼しい顔しやがって……っ)  自分ばかりドキドしているようで、なんとなく悔しい。  今だって、絶対にキスするタイミングなんかじゃ無かったハズだ。  もしも、この狭い車内で迫られたりしたらどうしよう。いや、流石にそれはない、はず!  あぁでも、瀬名は時々やたらと焦らしプレイを好む傾向があるし……。 ギリギリまで焦らされたら――。  めくるめく不埒な妄想が頭を過ぎり、自然と頬が熱くなってしまう。  心臓がドックドックと早鐘を打ち始め、隣にいる瀬名に伝わってしまうんじゃないかと思うと気が気じゃない。  息をするのも億劫になりながら身を固くしていると、不意に肩にずしりとしたものを感じた。  恐る恐る隣を覗いてみれば、自分の肩に凭れた瀬名がスースーと小さな寝息を立てて眠っている。 (……なんだ、寝ちまったのかよ)  何もされなかった。  その事に安堵して理人はそろりと息を吐いた。

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