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「あれ? もしかして、本当にシて欲しかった?」 「バッ、馬鹿な事言ってないで降りるぞ!」  誤魔化すように大声で怒鳴ると理人はさっさとバスを降りてしまった。瀬名はその背中を見送りながら、くくっと喉を鳴らして笑った。 「あら、偶然ね! 理人。 こんなとこで会うなんて!」 「なっ、はっ? はぁっ!? な、な、ナオミ……っ、なんでお前が――っ!?」  草津の老舗旅館に辿り着くと、玄関前で見知った女……いや、オカマと目が合った。  昔の華奢な面影など何処にもなく、女性ものの服を着た、厚化粧の厳つい男……。見間違いたくても似たような人種はそうそう居るものではない。  理人は一瞬にしてフリーズするとそのまま固まってしまった。  何故ここに、コイツがいるのか。何故、よりにもよって今日なのか。何故、どうして――。  ぐるぐると頭の中で考えが巡り、言葉にならない。 「やぁねぇ、理人ってばびっくり過ぎて固まっちゃった? 相変わらず可愛い反応。 お客さんから招待券貰っちゃって、折角だし旅行でもしようって話になったのよ。あ、この子はオネェ友達のミィコよ」  そう言って、名前と顔が全然一致しないナオミと似たような風貌のオカ……オネェを紹介された。  二人は仲が良いらしく、お互いの事を良く理解しているようだったが、理人にとっては悪夢以外の何者でもなかった。  何故、温泉に来てまで悪友と会わなくてはならないのか。 しかも似たようなのが増えているし。 「……嘘だろ……」  よりにもよってこんな時にこんな場所で会うなんてとてもじゃないが信じられない。 「あ、ナオミさん! 先日はありがとうございました」  そんな理人を余所に、瀬名は慣れ親しんだ様子でナオミに近づくと挨拶を交わしていた。 「瀬名、お前……驚かないのか?」 「え? あぁ、この間温泉に行くって話してたの聞いてたので。あれ? 僕、言いませんでしたっけ?」 「……聞いてねぇぞ……」  瀬名はきょとんとした表情で小首を傾げているが、それは理人の台詞だ。  瀬名と二人きりで旅行に出かけるのだと浮かれていたのに、まさかの伏兵の登場に理人はガクリと項垂れる。  しかも、知らなかったのは理人だけだったようで、なんとも腑に落ちない。 「やぁねぇ、わかりやすく拗ねちゃって! 安心しなさいよ。二人の邪魔はしないから! ……多分」 「……っ、当然だ! ハゲっ」 「やだっ、まだハゲてないわよっ!!」  邪魔なんてされてたまるかとばかりに、ニヤニヤと笑いながら肩を組んでくるナオミを振り払い、理人は苛立たしげに舌打ちを漏らすと瀬名の手を掴んで足早にフロントへと向かった。

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