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「っ、危ないっ!」
「!?」
ドンっと勢いよく突き飛ばされ、理人はたたらを踏む。
驚いて振り返ると、ついさきほどまで理人がいた場所に、いつの間にか黒いフードを被った人物が佇んでいた。
身長はそこまで高くないが、やや小柄。目深に被ったフードのせいで男か女かはわからないが、どう見ても普通ではない。
全身黒ずくめの服装に、真っ赤に染まった唇が不気味さを醸し出している。
「やっと見つけた」
ゾクッとするような声色でそう呟いたかと思うと、じりっと一歩こちらへと近付いてきた。
「理人さん、僕の後ろに居てください」
理人が反応する前に、瀬名が素早く前に出ると、庇うようにして前に立ち塞がる。
「お、おいっ」
「大丈夫ですから」
瀬名はそう言って安心させるようにニッコリと微笑むと、相手をジッと見据え、身構えた。
「……きみ、佐藤さん。だよね? なぜ此処にいるの?」
瀬名の問いかけに、黒づくめの相手がピクリと反応を示す。
瀬名は恐らく相手が誰だか確信を持っているようだが、理人は自分に襲い掛かって来る人物に心当たりなど無い。
まして、此処は草津温泉。こんな場所に知り合いなんて居るはずもないのだ。
なのに何故?
重苦しい沈黙の中、先に口を開いたのは相手の方だった。
「あーぁ、やっぱり秀一の目は誤魔化せないのね」
するりと目深に被っていたフードが取れて、相手の顔が露わになる。その正体を目の当たりにした理人は、驚きに息を呑んだ。
「……っ真紀……」
そこに居たのは、理人の高校の同級生で、瀬名の元同僚である女性だった。
「なんで……お前、こんな所に……」
「なんで? 秀一に会いに来たに決まってるじゃない」
「いや、此処、草津だぞ!?」
「知ってるよ? だから何? 」
真紀は不思議そうに首を傾げる。そして、酷く暗い笑みを浮かべたかと思うと、じりっと一歩瀬名に歩み寄った。
「今は便利よね。スマホが居場所を教えてくれるんだもん。……信じたくなかったけど、念のために鬼塚君のスマホの位置情報をチェックしておいて正解だったよ」
「な、何を言って……」
不気味な笑みを浮かべながら、さも当たり前のように話す彼女の様子は尋常ではなかった。
彼女に自分のスマホを渡した記憶なんて無い。大体、彼女に会ったのだってこの間の同窓会の時が最後だ。それ以前だって個人的に連絡を取ったことは無いし、彼女が自分の電話番号を知っている筈が無いのに。誰かが教えたにしても、自分の位置情報を自動で発信するような機能は付けていない。
「……理人さんのスマホ、ハッキングしたんですか?」
「やだ、人聞きの悪い事言わないで? 同窓会の会場で、落ちてたのを拾ったらたまたま鬼塚君のだったってだけよ。すぐに返したし。よく一緒に居る所を見掛けてたから、念のために……ね? 女の勘が働いたの」
「……そうですか」
瀬名の問いに、真紀はケロッとした表情で答える。そこに、悪いと思っている様子など微塵も感じられず、聞いているうちに顔が強張り、変な汗が出てきた。
真紀が瀬名のストーカーだったと言う話は聞いていたが、此処まで病的に執着しているとは思わなかったし、まさか自分のスマホが、知らないうちにハッキングされていただなんて考えもしなかった。
「それで、わざわざこんな所まで来たってことは……僕に用があるんですよね?」
「そう、貴方に逢いたかったの。ずっと……ずぅっとね」
そう言うと、真紀はすぅっと目を細め瀬名の方にゆっくりと手を伸ばしてきた。しかし、それを遮るようにして理人が二人の間に割って入った。
「……たく、次から次へと邪魔ばっか入りやがって……」
「理人、さん……?」
理人は舌打ちすると、困惑している瀬名を後ろに下がらせ、前に一歩踏み出す。
そして、警戒心をあらわにしながら、目の前の人物を睨みつけた。
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