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「今日は厄日か……クソっ」 ダンッとテーブルにグラスを勢いよく叩きつける。その衝撃で中の氷がカランと音を立てて崩れた。 「まぁまぁ、取り敢えず無事に終わったんですからいいじゃないですか」 悪態をつく理人を宥めながら、向かい側に座る瀬名が小さく微笑む。 結局、あの後は駆け付けた警察官によって真紀は現行犯逮捕され、連行されていった。 幸い命に関わるような怪我は無かったものの、こちらの方は正当防衛ということで特に問題なく処理された。 つい先ほど、事情聴取やら何やらが終わり、仕切りなおそうと言う理人の提案で今は旅館に併設されているバーの一角で酒を飲み交わしている最中である。 このバーは、バーテンダー界隈ではそこそこ名の知れたマスターが経営しており、彼の酒が飲みたいが為に、わざわざこの旅館を選ぶ客も居ると言う。 恐らく、ナオミと出会ったのもこのバーがあったからだと推測している。 有名な店なだけあって、一品が通常の倍近い値段が付いている。一般のサラリーマンには少し敷居が高いが、値段相応の客層で大騒ぎする居酒屋とは雰囲気が違って静かなBGMが掻き消されることのないまま流れていて、落ち着いて飲むことが出来る。 瀬名には伝えていないが、理人はここの落ち着いた雰囲気が好きで旅館の下調べをしていた時から、今日ここに来ると決めていたのだ。 「大体、アイツがあんな事しなけりゃ今頃、草津温泉を満喫してたはずなのに……迷惑な野郎だ」 「そうですか? でも理人さん、凄くカッコ良かったですよ?」 「……」 瀬名に言われて、理人はバツが悪そうに眉間にシワを寄せた。 確かに、さっきの自分は我ながら随分熱くなっていたように思うし、普段なら絶対に人前では言わないようなことまで口走ってしまった気がする。 「チッ……」 理人は小さく舌打ちをすると、誤魔化すようにして酒を煽った。 「ふふ、照れてます?」 「うぜーよ。ニヤついてんじゃねーよ。クソがッ」 「ハハッ、そう言う素直じゃない所も可愛くて好きです。……ところで、本当に大丈夫ですか? 腕、結構血が出てましたけど……」 「あぁ、これか? んなもん、かすり傷だ。……コイツが守ってくれたからな」 理人は左の薬指に嵌めてあるリングを見てふっと表情を緩めた。  それは、瀬名がクリスマスに贈ってくれたペアの指輪だった。 真紀が切り付けて来た時、このリングに当たって衝撃をほんの少し和らげてくれていた。 「この指輪が無かったら、多分もっと酷い事になってたかもしれねぇ」 傷付いたリングを撫で、グラスに残っていたアルコールを一気に喉に流し込む。 「……そう、ですか……。理人さんが無事で良かったです。腕から血が流れてたのを見て、正直、肝が冷えました」 「あの時は無我夢中で……でも、お前に怪我が無くてよかった」 「格好良かったですよ、理人さん。それに……あんな大勢人がいる中で、堂々と僕の恋人だって宣言してくれたことも嬉しかったです」 瀬名はそう言ってはにかんだように笑った。 「蒸し返すなよクソッ。あれは……なんかもう、考えるより先に口走ってたというか……」 今思うと、かなり大胆なことをしてしまった気がする。大勢の前で恋人だと公言するなんて、普通なら恥ずかしくてとてもできない。 ごにょごにょと言葉を濁す理人とは対照的に、瀬名の顔はだらしなく緩んでいて、心底幸せそうだ。 そんな顔をされると、理人は何も言えなくなってしまう。

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