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「……チッ……」
小さく舌打ちを一つして、理人は席を立ち、気持ちを落ち着けるためにトイレへと駆け込んだ。
自分が今、一体どんな顔をしているのか、鏡の前でチェックする。思っていたよりも普通の表情をしていてホッと胸を撫でおろした。
少々。いや、だいぶ予定とは狂ってしまったが、完全に台無しになってしまったわけじゃない。
深呼吸して、気を鎮めつつ髪の毛を整え席に戻る前に一度カウンターに立ち寄った。
「マスター。あれ、頼めるか?」
「……畏まりました」
理人が声をかけると、寡黙で物腰の柔らかい初老の男性は静かに頭を下げ、準備に取り掛かる。
「悪い、待たせた」
「いえ、全然。それより……さっき、マスターと何を話していたんですか?」
「酒を注文していただけだ」
「それだけ……ですか?」
「それ以外に何かあるのかよ」
「そう、ですね……」
瀬名は一瞬、躊躇するような仕草を見せたが、すぐに納得したようでそれ以上は聞いて来なかった。
その事に安堵して席に着くと、マスターがやって来て目の前でカクテルをシェイクし始めた。
「へぇ、カウンターじゃなくても目の前でわざわざ作ってくれるんですか……中々粋ですね」
分量の酒と氷を入れてシェイカーを振り始めるのを興味深そうに見つめる瀬名を見て理人の口元に自然と笑みが浮かぶ。
「この人は、そこそこ名の知れたバーテンダーなんだ。ナオミが作るカクテルも美味いが、比べ物にならないくらいこっちの方が美味いぞ」
「へぇ、理人さん随分詳しいんですね……。此処に来たことがあるんですか?」
「そ、……それは……っ」
何気なく尋ねられた言葉に、理人は思わず言葉に詰まりしどろもどろに視線を彷徨わせた。
「理人さん?」
「……たまたまだ。昔、ちょっと調べ物をしていた時に偶然目にした名前だったから……それで覚えていただけだ」
何とも歯切れの悪い言い方をしてしまい、理人は内心で舌打ちをした。こういう時に限って気の利いた言葉が浮かんでこない。
自分の不器用さに嫌気が差すが、今更どうしようもない。
「……そうなんですか?」
「あぁ……」
瀬名は釈然としない様子だったが、これ以上突っ込んでも無駄だと悟ったのか、それ以上何も言わず、押し黙ったままバーテンダーの手元へと視線を移した。
そして―――。
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