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XYZ
「こちらは、お連れ様からになります」
シェーカーからグラスに注ぎこまれたカクテルをマスターがスッと瀬名の方に差し出した。
「これは……」
グレープフルーツを絞ったような色合いをしたその酒を見た瞬間、瀬名の瞳がキラキラと輝いていく。
「……綺麗な色ですね。レモンのいい香りがする」
「……」
理人は何も答えなかった。いや、何と言っていいのかわからなかったと言った方が正しいだろうか。
瀬名はカクテルについてそこそこ詳しいはずだ。初対面でロブロイと言う酒を寄越すような男だ。
目の前にあるカクテルの持つ意味に気付かない筈はない。
「マスター、このカクテルの名前ってもしかして……」
「『XYZ』と言う名前のカクテルになっております」
瀬名の問いかけにマスターはニコリと微笑むと、恭しく礼をして去って行った。その背中に理人は感謝の意を込めて軽く会釈をする。
「理人さん。ありがとうございます。凄く嬉しいです……まさか、こんな素敵なサプライズがあるなんて思いませんでしたよ」
「……そう、か」
瀬名は本当に嬉しそうに目を細めて、グラスに口を付けた。
「ふふ、甘いな……。凄く飲みやすい。これならいくらでも飲めそうです」
「悪酔いすんなよ? 飲み口はいいが度数は結構高いんだ」
「僕がこの位で酔っぱらうとでも? ……そんな事より、理人さんはこのカクテルの意味を知っていますよね?」
「……っ」
XYZ。そのカクテルには【これが最後】【究極の】の他にもう一つ意味がある。
それを知っているからこそ、瀬名は敢えて口に出して確かめてきたのだろう。
「察しろよ」
「理人さんの口から聞きたいんです」
グラスに口を付けながら、瀬名の目がスッと細められる。からかう訳でもなく、真剣な表情で尋ねられれば益々言い辛くなってしまう。
「……理人さん」
瀬名にじっと見つめられ、理人は観念して小さく溜息を吐いた。
「……【永遠にあなたのもの】……だ。言わせんな馬鹿」
これじゃぁ、何のために事前にマスターと打ち合わせしたのかわからないじゃないか。
目の前で二ヤついた笑みを浮かべている瀬名の視線が居た堪れなくて、既に赤くなってしまっているであろう自分の熱がさらに増す。
「理人さんってば可愛い」
「うっざ。ニヤついてんなクソがっ」
「ふふ、すみません。でも、理人さんが僕の為にこんなサプライズを用意してくれてたんだと思ったら嬉しくって」
「別に……お前の為だけじゃない。偶々、今日はそういう気分だっただけだ」
ふいっと顔を背けてぶっきらぼうに答える理人を、瀬名は愛おしそうに見つめると、XYZの入ったグラスをテーブルに置いて瀬名はいきなり席を立つ。
「そろそろ部屋に戻りませんか? 僕、もう我慢の限界なんですけど」
瀬名は理人の手を取り、グイッと引き寄せた。
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