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今までの経験上てっきり、部屋に戻った途端に押し倒されるものだとばかり思っていた。 けっして期待していたわけでは無いが、獣のような瞳をした彼は大抵、理人が嫌だと言っても強引にコトに及ぼうとすることが殆どだったからだ。 だから、部屋に戻るなり「お風呂先に使ってください」と瀬名に言われ、拍子抜けしてしまう。 いつもなら、そのままベッドに直行するのに……。 (どういう風の吹き回しだ?) ちゃぽんと湯が跳ねて、水面に波紋が広がる。 「……」 理人は一人、浴槽の中で膝を抱えていた。 いくら温泉宿と言っても部屋に備え付けてある風呂は何処のホテルでも採用しているユニットバスだ。決して大人が二人入れるスペースは無い。 もしも一緒に入りましょうと言って強引に入ってきたら追い返してやる。なんて思っていたのだが一向に入って来る気配もない。 一体どういう事だろうか?  「……アイツの考えてる事がわからん」 瀬名は普段から、何を考えているのかよく分からない所があるが、今回のは殊更に謎だ。 「……はぁ」 別に一緒に入りたかったわけじゃないが、なんとなく落ち着かない気持ちのまま、理人は深いため息を漏らす。 もしかして、腕の傷を気にしているのだろうか? いや、瀬名に限ってそんなわけはない。 傷と言っても深く抉られているわけでもないし、もう出血だって止まっている。 多少ズキズキと痛んだりもするが、その程度だ。 じゃぁなぜ、手を出してこない?  「わかんねぇ……」 瀬名の行動が全く読めず、理人は頭を悩ませる。 もしかすると、何か考えがあってのことかもしれない。 けれど、もしそうだとしたら余計に理由が分からなくなる。 「べ、別にっ、シたかったわけじゃ……」 誰に言うでもなくそう呟いて、理人はブクブクと鼻の下までお湯に浸かった。 「……理人さん、大丈夫ですか? もう随分経ちますけど」 「ひゃいッ!」 突然、扉の向こうから声を掛けられ、ドキリと心臓が跳ねた。 「え? えっと……? これは、もしかして開けちゃダメな感じのヤツだったりします?」 「っ、だ、大丈夫だ。もう上がる!」 慌てて湯船から立ち上がり、タオルで適当に身体を拭くと、備え付けの浴衣を慌てて羽織った。 まだドキドキする胸を押さえつつ、浴室のドアを開ける。そこには心配そうな顔でこちらを見つめる瀬名と目が合った。 「大丈夫ですか? のぼせてるのかと思いました」 「……っ少し、考え事をしていただけだ」 「ふふ、そうなんですか? 髪を乾かしますね」 なんだか居た堪れなくなってふいっと視線を逸らした理人に苦笑しつつ、椅子に座るよう促すと瀬名はドライヤーを手に取った。 「理人さんの髪って、柔らかくて猫の毛みたい」 「コシが無くて、スタイリングも利かねぇから俺は嫌いだけどな」 「そうですか? 僕は好きですけど。触り心地が良くてずっと触れていたくなる」 温風を髪にあてて乾かしながら瀬名はクスッと笑う。 「……」 瀬名は時々、こうしてストレートに好意を伝えてくる。 それが、理人にとってはむず痒くて仕方がない。鏡越しに瀬名と目が合って、頬がじわじわと熱くなっていくのが自分でもわかった。 (駄目だ……なんか調子狂う) 瀬名が優しいとか、気遣ってくれているだとか、それ自体は素直に嬉しいと思う。 ただ、理人にとってそれは予想外で、どう対応したらいいのかわからなくなってしまうのだ。 「理人さん、顔赤いですよ?」 「っ、うるせぇ……ちょっと湯あたりしただけだっ!」 「ふぅん? そう言えば、随分長風呂でしたけど、お風呂の中で何してたんですか? もしかして……」 「っ! ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよッ!! 別に期待してたとかねぇからっ!」 「まだ何も言ってませんよ。ていうか、期待してたんだ」 つい口を滑らせてしまい、理人はハッとして口元を覆う。そんな様子の理人を横目で見やりながら瀬名はにやりと口角を上げた。

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