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それからしばらく気を張っていたが何も起こらないまま数ヶ月が過ぎた。
あの日以来、彼女が二人の目の前に再び姿を現すことは無く、流石の真紀も警察に連行された事で、ようやく自分の行いの異常さに気付いたかと胸を撫で下ろしていたある日の事。
いつも通り、山のように積まれた資料に目を通しているとこの4月に入社して来たばかりの新入社員、藤田が緊張した面持ちで声を掛けてきた。
恐らく外回りから戻って来たばかりなのだろう。シャツを腕の半分ほどまで捲り、額に浮かんだ汗を拭いながら近づいて来る。
「あ、あのっ、鬼塚部長。お客様がいらっしゃってますが……」
「客? 誰だ? 名前は?」
今日は誰とも会う約束なんてしていなかったはずだが一体誰だろう? ほんの一瞬、彼女の顔が頭に浮かび表情が強張る。
別に怖がらせようとしたわけでは無かったが、藤田はピシッと固まり、困ったように視線を彷徨わせる。
「は、名、名前ですか!? ええっと……」
「……理人さん、藤田君はまだ新入社員なんだからビビらせたらダメですって」
「あ?」
藤田の後ろからひょっこりと顔を覗かせた瀬名の姿を見て、理人の眉間に思いっきり皺が寄った。
瀬名には現在、藤田の教育係について貰っている。それ自体は問題ないのだが、最近は二人で楽しそうにしながら仕事をしている姿をよく見かけるので何となく面白くない。
別に、怖がらせようとしたつもりなんて無い。ただ聞いただけだ。
だが、その表情を見ただけで怯えた様子で後退りする新人を見て、理人はチッと舌打ちを一つ。
「別に、そんなつもりじゃねぇよ。つか、藤田。テメェビビり過ぎだ! クソが」
「ひぃっ、す、すみませんっ」
「理人さん、言い方。ただでさえ顔が怖いんだから、笑顔作って」
「……」
顔が怖いのは余計だ。口が悪いのも自覚してる。新人にビビられるのなんて慣れてはいるが、瀬名が彼を庇うような事を言うのが気に入らない。
「はぁ……。で? アポなしでやって来た客ってのは誰だ。まさかとは思うが――」
「安心してください。真紀さんじゃないです」
思わず短くため息を吐いた理人の思考を読んだのか、瀬名が苦笑しながら首を横に振った。
「そ、そうか……」
「でも、個人的にはあまり会って欲しくない人です」
「どういう意味だ?」
瀬名がそんな事を言うなんて珍しい。
「そのままの意味ですよ。……御堂さんがいらっしゃってます。と言えばわかります?」
「あ?」
一瞬、聞き間違えたかと思った。だが、明らかに瀬名が嫌そうな顔をしている所を見ると、どうやら自分の聞き間違いなどでは無いらしい。
「なんでアイツが……?」
「さぁ? 外回りから帰ってきたら物凄く背の高いモデルみたいなイケメンが居て受付の子達が騒いでいたので、何事かと思ったら彼が居て理人さんと話がしたいって言ってたので仕方なく通しましたけど……何でも、大事な話があるとかで」
「……」
今更何の用だろうか? 彼の思いには答えられないとはっきり伝えたはずだ。
そもそも、あれから一度も連絡など無かったし、こちらからもしていない。
なのに今になってどうして自分を訪ねて来たのだろう。
「どうしますか? 一応、第一会議室に通しましたけど。会いたくないなら僕が代わりに応対しましょうか?」
瀬名の後ろにぴたりと張り付いている藤田に視線を向けると、彼はびくりと肩を揺らして不安げな表情で瀬名を見上げた。
「いや、大丈夫だ。俺が行く。お前は他にもやることがあるだろうが」
「そう、ですか? じゃぁ……行こうか、藤田君」
「は、はい!」
明らかに残念そうな表情をしながら、瀬名が藤田を連れて去っていく。自分に対する態度とは違い、あからさまに嬉しそうな返事をして付いて行った藤田の姿に若干の苛立ちを覚えつつ、理人は今やっている作業を切り上げると、蓮の待つ第一会議室へと向かった。
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