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昼休みも近づき、仕事も一段落したので少し一服しようかと席を立った時だった。 「理……鬼塚部長!」 廊下の端から、瀬名が物凄いでこちらに向かってくるのが見えて足を止める。 「……なんだ、今日は取り巻きは居ないのか?」 ほんの少し嫌味を言ったつもりだったが、どうにも様子がおかしい。何事かと思って足を止め、目の前までやって来た瀬名と向き合う。 「……理人さん、酷いじゃないですかっ。付けたなら、付けたって教えてくれたらよかったのに」 左の首筋を擦りながら拗ねたような声を上げる瀬名を見て、ようやく合点がいった。 昨夜、瀬名が寝入ってからこっそり付けたキスマークにようやく気付いて、文句を言いに来たのだ。 「あぁ、虫除けだ。効果てきめんだったみたいだな」 視界の端に藤田の姿を認め、内心ほくそ笑みながらニヤリと口角を上げて見せる。 「自分は付けさせてくれない癖に……」 「当たり前だ」 「……帰ったら覚悟しといてくださいよ」 「あ? 馬鹿なのか? 言っとくけど今夜はナシだからな」 コツンと拳で瀬名の眉間を軽く突き、踵を返して喫煙所へと向かう。 背後では瀬名が何か言いたげにしていたが、あえて無視をすることにした。 毎日毎日サカられたら堪ったもんじゃない。それに……これ以上は流石に身が持たない。 昨夜だってなんだかんだで遅くまで……だったし、今朝は今朝で抱き締めたまま手を離してくれなかった。 腰は痛いし、怠いし、なんだか眠くて仕方がない。本当はこのまま午後も仕事を休んでしまいたい位なのだが、そんな訳にもいかない。 休憩時間を利用して自販機でコーヒーを買い、一服してから仕事を再開しようかと席に着く。 ここ最近、瀬名にべったりだった藤田が珍しく大人しい。不思議に思って様子を窺うと、彼はパソコンの画面を見つめながら小さく肩を落としていた。 恐らく瀬名に付けられたキスマークに気付いたに違いない。チラチラと視線だけを瀬名に向けては盛大な溜息を洩らしている。 実にわかりやすい反応だ。あまりにもわかりやすすぎて笑いそうになるのを何とか堪える。 藤田は年齢に見合わず可愛らしい容姿をしている。自分も童顔だと言う自覚はあるが、彼はそれに加えて中性的な顔立ちをしている。 おまけに華奢で小柄な体格も相まって、まるで女子のような見た目だ。 まぁ、実際は立派な男だし、中身は意外と好戦的で負けず嫌いな性格をしていて、かなり生意気だが。 恐らく彼は自分の武器をきちんと理解しているのだろう。 タイプは全くの真逆だが、彼からは自分と同じような雰囲気を感じる。 だからだろうか? 正直言って理人は彼が苦手だった。同族嫌悪にも似た感情を抱いていると言ってもいいかもしれない。 瀬名をロックオンしている事には気付いていたが、不思議と嫉妬のような気持は湧かなかった。 ぴたりとくっついているのを見るのは、あまりいい感じはしないがその程度だ。 (残念だったな、藤田。アイツは俺のモンだ。誰にも渡さねぇ) 愉悦が込み上げてきて心の中でそう告げながら口端を吊り上げると、理人は中断していた作業を再開することにした。

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