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「いい所見付けましたね」
海を眺めながら、ベランダで一服していると不意に後ろから抱きしめられた。昼間見た景色も中々綺麗だと思ってはいたが、夜になると月明かりが水面に反射して幻想的な風景を作り出している。
周囲に視界を邪魔する建物は無く、見晴らしも最高だ。
ちょっとお高めのマンションだったが、真紀レベルの平社員が簡単に買えるような金額じゃない。今回のマンションは以前の場所よりずっとセキュリティがしっかりしているから、よくある隣にストーカーが越して来たなどと言う恐怖も味わなくて済むし、何処からか覗かれるのでは? と言う心配も払拭出来た。必要なものは全て新品に取り換え、入居前に盗聴器などが何処かに仕掛けられていないか隅々まで調べて貰ったので、これで漸く一安心と言ったところだろうか。
「あぁ、ここに決めて正解だった」
「海、好きなんですか? 前に住んでいた所からも海が見えましたよね」
「そうだな。海は嫌いじゃない……」
遠い記憶のかなたに、両親と初めて海に行った時の思い出が残っている。まだ、幼稚園に上がるか上がらないか位の幼い頃の記憶だ。
両親は忙しい人達だった。それでも、家族三人で一緒に居る時間はあの頃確かに存在していたのだ。
母が変わったのは幼稚園受験がきっかけだったのだと記憶している。
いや、元々完璧主義な人だったから、もしかしたら生まれた時から厳しかったのかもしれないが。
少なくとも、入園前までは何処にでもいる普通の母親だった気がする。
「理人さん?」
「いや、何でもない。昔、一晩相手した相手が、海の男だったんだ。そいつが忘れられなくてな……」
「え?」
瀬名に背を向けたまま、ぼんやりと海を眺めながらぽつりと呟く。気配で彼が動揺しているのが手に取る様にわかった。
「冗談に決まってんだろ」
瀬名の方を振り返り、クツクツと喉を鳴らして笑う。瀬名は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐにムッとした顔になったので、その反応すら面白くて笑いが止まらなかった。
「お前以外に、忘れられない男なんて居るわけ無いだろ? 仮に居たとしても全部お前が塗り替えちまった」
煙草を灰皿に押し付けて消すと、身体を反転させて瀬名と向き合い首に両腕を回す。そして軽く背伸びをしてキスをした。
「なぁ、ベッド……行こうぜ」
耳元で甘く囁き、誘うように舌先でそこを舐めると、瀬名がごくりと息を呑むのがわかった。腰に回された腕に力が込められる。
「……随分、積極的じゃないですか」
「この間みたいに、焦らされたら堪んねぇからな」
悪戯っぽく唇を舐めながら笑ってみせると、瀬名が僅かに目を見開く。
「焦らされるの好きでしょう?」
「ばか。好きじゃねぇよ……」
「本当に?」
嘘は許さないとばかりに顎を捉えられて、真っ直ぐに見つめてくる瞳から逃れるように視線を外す。しかし直ぐに捕らえられてしまい、今度は唇ごと貪るように口付けられた。
そのまま雪崩込むようにベッドへと押し倒され、衣服を脱がされていく。素肌に触れるシーツが心地良い。
あの日以来なんだかんだと互いに忙しく、ご無沙汰だったので、久方振りの深い交わりに自然と熱が高まる。理人の口から甘い喘ぎ声が上がる頃にはもう、互いの理性は消え失せていた――……。
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