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「お願いだ。一度でいい。僕の事を見て欲しい……。君の事を割り切る為にもちゃんと抱かせて欲しい。……そうしないと、僕自身が前に進めないんだ」 蓮は狡い男だ。ずっと彼の本心がわからなかった。いつだって自分の欲望を満たす為だけに理人を凌辱してきた蓮が、今になってそんなことを言うなんて。 本当に自分勝手な男だとも思う。今もこっちの気持ちなんてお構いなしだ。でも、彼が過去を後悔し、きちんと清算したいと思っていると言う事実だけは伝わって来る。 少なくとも、今の蓮が迫真の演技をしているようには到底思えなかった。 だけどやはり彼の気持ちを素直に受け入れる事は出来ない。 瀬名の事を思うと、胸が引き絞られるほど痛む。こんな事絶対に間違っている。もっと他に何か方法は無かったんだろうか? 理人はそっと蓮の胸を押し返すと、ゆっくりと上体を起こした。  強引に押さえつけられるかと思ったが、意外にも蓮は大人しく腕を下ろしてくる。 「…………蓮。やっぱりダメだ。 俺は、お前を受け入れることは出来ない」 真っすぐに、彼の目を見ながらはっきりと拒絶の意思を伝える。 蓮の瞳が僅かに見開かれ、動揺したように揺らいだ。 「……理人」 「悪いけど、こればかりは譲れない。確かにここに来る前まで俺は覚悟して来たつもりだった。 でも……やっぱり無理だ。俺は……俺が好きなのは、瀬名だけだ。どんな事情があったとしてもアイツを裏切りたくない」 「……っ」 蓮の表情がみるみるうちに曇っていく。だが、これでいいのだ。ここで流されたらきっと取り返しがつかなくなってしまう。 「すまない」 「謝るなよ。僕も……最初からこうなる予感はしていたんだ」 蓮は力なく笑うと、ベッドから降りて乱れた服を整え始める。その姿はどこか寂しげで見ているだけでこちらまで切なくなった。 「最後に一つだけ聞いてもいいか? もし……あの時に僕が気持ちをきちんと君に伝えていたら、君はどうしてた?」 「……どう、してたんだろうな? 昔の気持ちなんて忘れちまった。だけど……多分、お前の事は嫌いじゃなかったんだと思う」 「そうか……」 蓮はそれ以上何も言わなかった。理人が身支度を済ませる間、蓮は背を向けたまま俯き、静かに肩を震わせて嗚咽を殺していた。

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