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「秀一はきっと騙されてるのよ」 真奈美を新宿方面にあるホテルまで送っていく途中、不意に彼女はそう呟いた。そう言うだろうとは思っていたが、彼女の反応は想像以上に激しいものだった。 「そんなことないよ。理人さんに限ってそんな事」 「絶対にないって言いきれるの?」 「それは……」 言い返そうと口を開こうとするものの、即答は出来なかった。 理人は決して嘘をつく人間ではない。けれど、彼は時々何を考えているのかわからない時があるのも事実だ。 特に最近は理人の中で何か変化があったのか、少し様子がおかしい時がある。だから、彼の全てを100%信じているかと言われれば少し違うのかもしれない。 でも、理人は自分を裏切ったりしないと、彼を信じたい気持ちの方が強かった。 「……理人さんの事を悪く言うのなら、いくら姉さんでも許さないよ?」 「……っ。私だって、そんなこと言いたくないわよ。でも……貴方はまだ若いし、心配なの。得体のしれないオジサンに引っ掛かるなんて絶対何か裏があるはずだわ……」 「会ったことも無いのに、憶測でものを言うのは――」 ホテルに辿り着き、エントランスに差し掛かったその時、蓮と連れ立ってホテルのチェックアウトを済ませたばかりの理人とばったりと出くわした。 向こうもまさかこんな所で出会うとは思っていなかったようで、驚いたように目を丸くして固 まっている。 一体どういう事だろう。今日は友だちと会うと言っていた筈の理人がなんでこんな所に? しかも、蓮と一緒だ。 もしかして、本当に自分は騙されていたのだろうか?  考えが纏まらず、立ち尽くす瀬名の腕を、真奈美がクイッと引っ張った。 「秀一、知り合いなの?」 「……っ、えっと……この人が、理人さんだよ。姉さん」 「えっ……どういう事?」 それはこっちが聞きたいくらいだ。何か言い訳をして欲しいのにこういう時に限って、理人は何も言ってくれない。 やましい事が無いのなら堂々としていればいいだけの話だ。それなのに血の気の引いた顔をして俯いている。 これでは疑ってくださいと言っているようなものじゃないか。 「理人さん……今日は友達と会うって言ってましたよね?」 自分でも驚くほど冷めた声が出た。理人はビクッと身体を震わせると、慌てたように顔を上げる。 「っ、瀬名……ち、違うんだ、これは……っ」 「何が違うんです? たまたまホテルでその人と会ったとでも言うつもりですか?」 問い詰めるようなキツイ言い方になってしまったが、今はそんな事を気にしている余裕はない。 「それは……っ」 理人は明らかに狼狽えていた。いつもの理人らしくない。やっぱり、何か隠して……。 その様子を見かねてか、蓮が一歩前に踏み出すと二人の間に割って入った。理人を庇うようなその仕草が益々瀬名を苛立たせる。 「すまない。僕が無理を言ったんだ。少し話をするだけのつもりだったんだが、随分と長居をしてしまって……」 「へぇ、わざわざホテルの部屋を取ってまでしなきゃいけない話って何なんですか? 偶然会ったんなら、その辺の喫茶店でだって話は出来るでしょう?」 「……ッ」 二人して、グッと押し黙る。何も言い返せないという事はやはりやましい事が有るということだ。 瀬名はギリっと奥歯を噛み締めるとわなわなと震える拳を握りしめ、理人を睨みつけた。 今までの思い出を踏みにじられたように胸が痛い。愛していると言ってくれた言葉も、全て嘘だったのかと思ったら、途端に虚しくなった。 「……信じてたのに……」 「ちが……っ俺は何も……っ」 「ホテルに入ったけど何もしてないって? 一体それをどうやって証明してくれるんです?」 「それは……っ、でも……っ」 「でも、なんですか? 御堂さんが貴方を狙ってるのは知ってましたよね? それなのにのこのことついていくなんて……本当は期待していたんじゃないんですか? 好きですもんね。そう言う事」 「おい、言いすぎだろ。コイツはそんなんじゃ」 「貴方は黙っててください!」 蓮が慌てて止めに入るが、もう遅い。一度溢れ出した感情は留まることを知らず、瀬名の口から次々に言葉となって飛び出してくる。 「結局はそういうことだったんですよね? 僕の事、馬鹿にしてたんでしょ? 本当はこの人以外にも居るんじゃないですか? そう言う事してくれる人が。性欲旺盛な貴方の事だから、僕だけじゃ満足できなかったんでしょう?」 「……」 「都合が悪くなるとだんまりですか。僕だけが特別だと勘違いしていた自分が情けないですよ」 理人は何も言わない。いや、言えないと言った方が正しいだろうか。 まるで蛇に睨まれた蛙のように青ざめたまま動けずにいる。 「……もういいです。 行こう、姉さん」 これ以上話しても無駄だ。唖然としてやり取りを見つめていた姉の腕を引き瀬名はくるりと踵を返した。 理人と出会ってから、瀬名は毎日が楽しかった。色々衝突もしたけれど、それでも幸せだったのだ。 それが今、粉々に砕け散ってしまった。 「待ってくれ、瀬名! 俺は――」 理人の悲鳴にも似た声が背中に突き刺さるが、瀬名は振り返ることなくその場を後にした。

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