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謝罪

(理人SIDE) あれから1か月が過ぎ、もう6月も半ば。毎日雨が降り続き憂鬱な気分に拍車がかかっていく。梅雨の時期のジメジメとした空気は大嫌いだ。まるで今の自分の心を表しているみたいで嫌になる。 あの日から瀬名は家に帰って来なくなった。 慌てて追いかけたけれど、手を振り払われ雑踏に消えていった瀬名の姿に足がすくんでしまい、それ以上追うことが出来なかった自分自身に腹が立つ。 あの時、何が何でも引き止めるべきだったのだ。全ての連絡手段はブロックされ、職場にも急遽実家に戻る事になったので有給を使いたいと申し出があったと後日知った。 まさかそこまで拒絶されるとは思って居なかっただけにショックは大きかった。 こんな事になるのなら、最初から全て打ち明けるべきだった。瀬名を傷付けたくないと思って取った行動が全て裏目に出て、結果的に彼を深く傷つけてしまったのだから救いようがない。 瀬名の言う通り、彼が自分を狙う男だと知っていたのにも関わらず、誘いに乗ったのは紛れもない事実なのだから瀬名が怒るのも当然だ。 瀬名に愛想を尽かされても仕方ないと思う。どうしてもっと早く本当の事を言えなかったのか。 今更後悔したところで後の祭りだが、どうしても自責の念は拭えない。 彼を傷つけるつもりは無かった。ただ、守りたかっただけなのに、結果はこの有様だ。 瀬名は今、何を思い何を考えているのだろう。 1人きりになってしまった部屋は広くて、静かすぎて落ち着かない。もしかしたら彼が戻って来るかもしれないと思い、彼の私物はあの日のままの形で残したままになっている。 瀬名と喧嘩別れをしても直ぐには実感が沸かなかった。もしかしたら全部夢で、目が覚めたらいつものように爽やかな笑顔を向けてくれるかもしれない。悪い夢なら今すぐに醒めて欲しいと何度願った事だろう。 だけど、いくら待っても瀬名は帰って来なくて……。心に大きな穴が開いてしまったみたいだ。 仕事も手につかず色々な人に迷惑を掛けてしまっている。瀬名と出会う前は一人でも平気だったのに、今では何をしていても瀬名の顔がちらついて集中出来ない。 何度か藤田に瀬名との間に何があったのかと問い詰められたが、自分の仕出かしたことで瀬名を怒らせてしまったなどとは口が裂けても言えるはずが無い。だから、適当な理由を付けて誤魔化したが流石にそれも限界だろう。 とにかく一度、瀬名に会いたい。会って、きちんと謝りたい。そして、許されるのならばもう一度やり直したい。 もしかしたら、今更何の用だと冷たくあしらわれるかも知れない。それでもいい。例えどんな結果になろうとも、このままでいいはずが無い。 実家へ行ってみようか? もしかしたら無駄足になるかもしれない。 でも、連絡手段が絶たれている以上、今は僅かな可能性に賭けてみるしかない。そうと決まれば善は急げだ。 理人はベッドから飛び起きると、カバンに適当に荷物を詰めてマンションを飛び出した。 外は相変わらずの土砂降りで、傘を差していても全身ずぶ濡れだ。駐車場へ行くだけでも一苦労だったが、なんとか車に乗り込むとエンジンをかけて車を発進させた。 東京から瀬名の実家がある神奈川迄約1時間半。一刻も早く彼に会いたかったが、到着したころにはすっかり夜も更けてしまっており、流石に非常識な真似は出来ないと近くのホテルに宿泊することにした。 まさか以前、東雲に依頼した瀬名の身辺調査をした資料がこんな所で役に立つなんて思わなかった。 引っ越しをする際、もう必要ないかと思い捨ててしまおうかとも思ったのだが捨てずにとっておいて正解だったようだ。 もっとも、彼が実家に居る保証なんて何処にもないのだけれど……。 瀬名は許してくれるだろうか?  いや、その前に会ってくれるかどうかすら怪しい。 もう顔も見たくないと言われるかもしれない。……それでもいい。自分が彼に会いたいんだ。 こんな所まで押しかけて来て、迷惑だと言うかもしれない。 だけど、やっぱり諦められない。 自分はあまり物や人に執着しない方だと思っていた。それなのに今、自分は彼を追ってこんな所まで来てしまっている。 瀬名と過ごした時間はどれも濃密で大切なものだった。 一緒に居るだけで楽しくて、嬉しくて、幸せで……あんなに誰かを愛しいと思ったことは無い。 瀬名さえ傍に居てくれればいい。他には何も要らない。 過去に戻ってやり直せたらどれだけいいだろうか。そんな事を考えてもどうしようも無いのに、つい考えてしまう。 明日の為にも早く寝なければいけないのに、全く眠気が起きず理人は小さくため息をつくと、ベランダへと出た。 窓を開けると、ザァーッと激しい雨音が耳に飛び込んでくる。 雨は嫌いだ。特にこういう強い雨は嫌い。雨が降ると、いつも嫌な事ばかり思い出してしまう。 そう言えば、瀬名が事故に遭ったあの日も、雨が降っていた。 「理人さん」 雨音に混じって瀬名の声が聞こえたような気がした。そんなわけがないのに。こんな所に瀬名が居るわけがないじゃないか。 幻聴に振り回されるなんてどうかしている。 ふと下を見ると、黒い傘を差した男が上を見上げていた。雨のせいでよく見えないが、その男はどこか寂しそうな表情を浮かべていて、まるで迷子の子供のように見えた。 「……っ、理人……さん?」 その瞬間、その男の唇が自分の名前を呼んだような気がして、理人の心臓が大きく跳ねる。 身を乗り出して確認しようとしたが、黒傘の男はもう上を見上げてはいなかった。そのまま踵を返すと瀬名の自宅がある方角へと向かって歩いていく。 「……ッ」 居ても経ってもいられずに理人は財布とルームキーだけ持ってホテルを飛び出した。 周囲を探してみたが男の姿は何処にも見当たらず、がっくりと肩を落とす。 もしかしたら本当に幻覚を見たのかもしれない。でも、確かに彼は自分の名前を呼んでいたようにも思う。 さっきの男は、会いたい思いが作り出した幻だったのだろうか? そう考えるとなんだか無性に悲しかった。

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