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第3話 闇人

 だが、その陽向の野望を聞くたび、祖母は烈火のごとく怒り狂った。 「めったなことを言うものじゃない! 地上になんて行ってみな。あっという間にあんたの体は毒に侵されるよ。地上にはもはや生物はいないんだ。装備もなく外に出ればあっと言う間に体が溶け崩れる。第一、地上は私たち炎の一族を排斥して繁栄し、そして滅びた愚か者たちの砂の城。面白いものなどなにもありはしない」 「でも空は見える。星も太陽もあるんだろ? 巫女様の偽物の太陽なんかじゃない大きな。それに、長老連中も言ってるよな。いつか地上を取り戻すって。他の国とも協力しようって集会で話していたの聞いたけど」 「あいつらは馬鹿なのさ」  祖母は吐き捨て、ろうそくの明かりの下、再び針仕事を始めた。 「私たち炎の一族はものを壊すことしかできない。他の国と協力? 無理だね。あの大災厄の日、運よく地下に逃げ込めた奴らはもと地上人だ。私たちのような特殊な力はない。ただの人間さ。そんな奴らといくら協力したって地上を取り戻すことはできないよ」  その祖母の言葉に陽向は黙り込む。幼き日、目の前で弾け飛んだ少女の血の赤が瞼の裏からじわりと滲み出すのを感じた。  陽向の表情に気づいたのか、祖母もふっと口を噤む。黙々と手を動かす祖母に気づかれぬよう息を整えてから、陽向はそろそろと尋ねた。 「じゃあ、闇人となら?」  つっと、祖母の手が止まる。その祖母の顔を覗き込み、陽向は続けた。 「彼らは元地上人とは違うよな。俺たちみたいに力を持っている。彼らと協力することができれば、地上を覆っている毒も消せるんじゃないかな」 「無理だね」  にべもなく言い捨て、祖母は深い深いため息を落とした。 「言っただろう。奴らは裏切者だ。我々と同じように力を持ちながら、我らが危険な存在だと言い立て、地下へと追いやった。そんな奴らと協力? できるもんかね」 「けれど、彼らも地下に引きこもったんだよな? 自分から。それってやっぱり自分達も危険だと思ったから……」 「陽向」  祖母の声が鋭くなる。思わず姿勢を正すと、祖母は繕い物を手近の椅子に置いて陽向の方に向き直った。 「確かに奴らは我らと対をなす一族だよ。我らを地下へ押し込めた後、あいつらも地下へと移り住んだ。地上でいうところの大正の世からもう四百年近い年月、奴らも地下に住んでいる。その意味でいえば、奴らは我らともっとも近しい者達だろう。だがね、我ら炎の一族は忘れていないんだ。我らから太陽を奪った闇人への恨みをね。だからその名を口にすることを厭っている。裏切りで穢れた名前だからさ」 「それって本当に裏切りなの」  ぼそりと呟いた陽向を祖母が糸のように細い目で睨む。その彼女に陽向はぼそぼそと続けた。 「だって彼らがもしも俺たちを地下へ押し込めなければ、大災厄の日、俺たちは多くの地上人と共に死んでいたんじゃないの」  大災厄。およそ三百年前、地上を襲った未曽有の危機の名称を聞き、祖母が苦い顔をする。繕っていた衣をのろのろと手元に引き寄せる祖母に陽向は畳みかけた。 「俺はさ、闇人に会ってみたい。俺たちを地下に押し込めたあと、どうして自分達まで地下に引っ込んだのか。俺たちと同じ理由からなのか。それを聞いてみたい」 「聞いてどうするんだい。力を隠し人里離れてひっそり暮らしていた我らを、危険だからと地下へ閉じ込めるようなろくでなしたちだよ。血も涙もない冷たい奴らに違いないさ。そんな奴らと語り合って何になるっていうんだい。四百年前よりひどいことを仕掛けてくるかもしれない。そもそも奴らの持つ力の実態もわからないんだ。下手したら睨まれただけでこっちの命がなくなるかもしれないんだよ。悪いことは言わない。あんな奴らのことは忘れな」  この話は終わり、と言いたげにそれっきり祖母は口を噤んでしまい、闇人の話は立ち消えとなった。  だが、咎められれば咎められるほど、陽向の中で闇人への関心は強くなっていった。

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