4 / 94

第4話 それでも

「闇人に関する文献って言ってもなあ」  そう言ったのはこの里一の書物収集家の如月樹だった。陽向より二十は確実に年上の彼はすでに中年へと差し掛かっていたが、好奇心の強さは陽向を上回るほど強く、禁じられている地上人との交流を密かに進めることで、地上で流通していた書籍を譲り受けていた。 「闇人との関わりがあったのって、四百年前の地下投獄のときくらいだろうから地上人から譲渡された書物には記載は期待できないと思うんだ」  言いながら、壁一面に備え付けられた書架を見上げる如月に陽向は低い声で言った。 「よく地上人と接しようと思いますね。殺しちゃうかもしれないのにさ」  書架にかかる梯子を上りかけた如月がふっとこちらを見る。流れる沈黙に、しまった、と感じ、取り繕う言葉を探す陽向の耳に、如月の柔らかい声が響いた。 「僕も怖いよ。けれど怖いのは僕よりも相手の方だろうね。そんな怖い状態でありながらも彼らは僕に協力してくれる。地下で生き延びることに僕らの方が長けていることを知っているから僕らに逆らえない。そう思うと本当に申し訳ないことをしていると思うよ」  だから、と言って如月はふいに陽向をまっすぐに見た。 「だから君から闇人について調べたいと言われたとき、僕も知りたいと思ってしまった。だって、彼らの行動がなければ、僕らは地下ではなく山の奧で今も暮らしていただろうし、大災厄が起こったことで地上人と居住区を同じくするという今の事態に陥ることもなかったろう。つまり、震えながらも生きるために僕らと繋がろうと地上人が思う今の状況もなかったということになり、僕がこの書物たちを手にすることもなかったはずなんだ」  そこまで言って、梯子を上り始めた如月は、不安定な梯子の中ほどで書物を物色しながら続けた。 「常々僕は思っていたんだ。闇人の力がどんなものか多くは知られていないけれど、彼らの持つ力は未来を見ることができるものなんじゃないかって。そう考えると彼らは裏切者どころか命の恩人といえるのかもしれないな、と」  そこまで言ってから、如月は慌てた顔で言い足した。 「今のは他の人には内緒ね。闇人は裏切者っていうのが一般的な見方だし、変なことを言うと大目玉を食ってしまう」 「言いません」  笑って頷きながら陽向はほっとしていた。この人も自分と同じような感覚でいてくれることに。  確かに闇人に対して恐れもある。触れるだけで人を殺してしまえる力をもつ自分達一族を、たやすく地下へ押し込めた人々なのだ。当然、自分達よりも闇人の力は強大なはず。しかも地上にいたころ、自分達一族はすでに自らの力を把握し、人を殺すことのないよう山奥へひっそりと身を隠していたという。それを暴き立て、地下へと追い立てるような者たちの気質が穏やかなものだなんて楽観視は当然できない。実際に出会ったらそのとたん殺されてしまうことだって十分あり得るだろう。だから彼らを探すことに迷いがないわけじゃない。  だが恐怖を覚えるたびに陽向は思い出すのだ。あの日、自分の目前を染めた赤い色を。  あの赤があるから、陽向は闇人を探さずにいられない。  もしも闇人が自分達一族を地下へ押し込めなければ、あの少女を自分が殺すこともなかった。闇人の存在が自分も、そしてあの少女の運命も変えてしまった。  もちろん、闇人の行動がなければ、陽向の祖先たちは三百年前に起こった大災厄によって一人として生き残ってはいなかっただろう。だが、それは裏返せば自分があの少女を殺すという未来も起き得なかったということになる。  そう思うと陽向はいつもやりきれなくなる。  自分は生きていて良かったのかと。  だから陽向は聞いてみたいのだ。闇人が一体なにを思って自分達を地上から追い立てたのか。熟考した上での行動だったのか、と。  今生き残っている闇人たちは、自分達の祖先を追い立てた者たちの子孫だ。その子孫たちに問いかけたところで、答えが得られるはずはないと頭ではわかっている。自分だって闇人について言い伝えでしか知らないのだから。だから自分の行動に意味があるとは陽向にだって思えない。けれど、それでもあの赤の記憶がある限り、陽向は闇人のことを追い続けずにいられなかった。どれほど無駄なことだとしても。

ともだちにシェアしよう!