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第25話 秋
一日千秋という言葉を教えてくれたのは如月だ。
地下にいる自分達は四季を知らない。地上に、そして日本というこの国にあったらしいそれについて如月はうっとりしながら語った後、この言葉も教えてくれたのだ。
「一日千秋ってのはさ、一日がまるで千年みたいに待ち遠しいって意味。秋ってのが使われているのは農耕が所以。収穫の秋は生きていくうえで大切で、待ち遠しいもの。だから秋を待ち遠しいそのときと考えて一日千秋としたとか。なんだか素敵だねえ」
秋。
自分は知らない。その季節がどんなものかを。けれど水色の空に舞うあの美しい紅、楓が舞う季節が秋であることは知っている。
それはきっととても優しい季節なんだろう、と思う。
からり、と扉が滑る。布団の上、半身を起こした陽向の前で丁寧な手つきで扉を閉めた彼は、起き上がっている陽向を見てやや目を見張った。
「具合は?」
いつも通りの淡々とした声で問いかけてくる。黒い衣の裾をするりとさばいて歩み寄ってきた彼は、定位置の椅子に腰かけてから手を伸ばして陽向の額に触れた。
「良かった。熱もなさそうで。食欲もあったらしいね。馬酔木が笑っていた。うますぎたのか泣きながら食べていたとかなんとか」
言いながらくすり、と彼が笑う。その様子はいつもと変わらなく見える。だが顔色が悪い。ランプのか弱い明かりのせいばかりではなく。
「楓」
名前を呼ぶと細い首をゆらりと傾げて彼がこちらを見る。静かな光をたたえた黒く深い瞳が陽向を映した。
ランプの明かりがゆらゆらと瞳の中で揺れている。その火影にあぶられるように陽向の胸が大きく波打った。
言葉もなく腕を伸ばす。片腕で彼の肩を包み引き寄せると、予測していなかったのか、え、と短い声が漏れた。
完治していない胸が痛みを覚えたけれど、構わず抱きしめる腕に力を込めたとき、肩口で彼がそっと嘆息した。
「陽向、なに?」
陽向、と名前を呼ばれて体の奧が震える。返す言葉も思いつかず彼の髪に頬を寄せたとき、なだめるようなため息が間近く聞こえた。
「不在にしたのはみんなで君を闇討ちにしようとかそういう計画をしにいっていたわけではないから。心配しないで」
「むしろそうだったら良かった」
低い声で返すと楓はますます困惑したようで陽向の腕の中で身じろぎする。その彼の耳元で陽向は言った。
「地上、行っていたと聞いた。地上人に頼まれて」
「それ……ああ、馬酔木から? まったく口が軽い」
軽く笑んだような声が響く。その彼の様子に陽向は声を荒らげた。
「脅されているとも聞いた! 俺たちにあんたたちの里の場所を知らされたくなければ地上を住めるようにしろと!」
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