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第28話 長物(ながもの)

 楓の両親は楓が生まれて間もなく亡くなったらしい。 「大繩にやられてね。この辺りはよく出るから」  陽向の肩にもたれて本をめくりながら楓が言う。 「大繩?」 「ああ、もしかしたら君の里の方には出ないのかな。大蛇といえばいいか。大きいのだと大人の男二人分くらいの体重がある」 「ああ、長物か」 「長物」  目を丸くしてから彼は肩を揺らし笑った。 「確かに食べるに食べられないし、人からしたら無用の長物と思われてしまっても仕方ないか。もっとも」  ぱらり、と本をめくりながら彼はぽつん、と言う。 「彼らからしたら我々人間の方が無用の長物だろうけれど。争い、奪い合い、憎しみ合う。だとしたら人が長物に殺されるのもやむを得ないことかもしれない」  声に込められた虚しさが陽向の耳の奥を冷やす。とっさに腕を伸ばして肩を包むと、楓は陽向の腕に頭を預け淡々と言った。 「もう二十年以上前の話だ。両親がいないなんて僕らの里じゃ珍しくもないんだよ。僕らはか弱い一族だ。ほんの少しの力があるだけで普通の人間と変わらない。少しのことでたやすく命を落とす」 「あんたを、育ててくれたのは誰?」  彼の肩を抱きながら問うと、彼は本をぱたり、と膝の上で閉じた。 「先代の長とその妻。どちらももういない。地上の毒消しをしていて」  そう言いかけてから彼はゆるりと首を振った。 「僕のことはいい。君の話を聞かせて」 「俺の?」 「君の里では子どものころどんなことをして遊ぶ、とか。親御さんの話、とか」  問われて陽向は渋面で天井を睨む。自慢ではないが友人だと胸を張っていえる相手などいない。陽向自身が皆遠ざけてきたから。  触れることが怖くて。自分も含め、一族に対して嫌悪感もあったから。  でも今、自分の中でその思いは緩やかに変わろうとしている。  自分達が持つ力は忌むべきもの。けれどその力があったとしても共にいられる人もいる。忘れてはいけないあの赤の記憶をすべて塗り替えることはないけれど、それでもここに存在することをこうしている今は許される気がする。  この冷たい体を抱きしめているときだけは。 「陽向?」  さらりとした声が自分の名を呼ぶ。その声に胸を暖められながら陽向はことさらに明るい口調で言った。

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