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第30話 守れるもの
しばらく使っていなかっただけで足というものは随分なまってしまうようだ。
普通に立って歩くだけなのに重心が安定しない。ふらつく陽向を楓が支えて歩く。なんだかなにもできない自分が恥ずかしい。恐縮する陽向を彼は責めるでも鼓舞するでもなく、ただそれが当たり前のような顔で隣にいてくれる。
そうして歩きながら陽向は初めて知った。
黒鳥の里と呼ばれるこの里が地底の中で険しい山々に覆われた場所に位置していることを。
自分達一族も四百年という長きにわたって地底に住み続けているが、こんな地形の場所があることすら知らなかった、ということを。
「俺は知らないことが多すぎた」
彼と歩く訓練を始めて数日、ようやく右腕の添え木が取れた日、そう零すと、楓はゆったりと笑って首を振った。
「それは君だけじゃない。僕だってなにも知らない。みんなそうなんじゃないだろうか。自分が知ることのできる世界なんて限られるものなのだから」
そう彼は言うけれど、その彼の落ち着いた声を聞いているといつも思う。この人は自分とそれほど年齢が変わらなそうなのにずっとずっと大人だと。長である責任を常に感じているからなのだろうか。
一緒に過ごしてきて多くの話をしたはずなのに、それでも少しも彼との精神年齢の差は埋まった気がしない。
「俺は本当に子供だよな」
呟く陽向を、え、と彼が見上げる。その彼から目を逸らし陽向は囁いた。
「知りたいと思っていた。俺たち一族が存在している意味とか、闇人ってどういうものかって。でもそれは安全なところからただ思うことでしかなくて。なにかを守りたいとかそういうことじゃなくて。ただ自分の記憶と折り合いをつけたいって思いからだけで。でも、あんたはいつももっと広い視野でものを見ている。里のみんなを守りたいって思ってるのすごくわかる」
「そんなことはないよ」
低い声で言い、彼は唇の端っこだけを上げて笑った。
「君がどんな風に僕を捉えていてくれるのかわからないけれど、僕は利己的で嫌な人間だ。聖人君子じゃあるまいし、すべてを大切になんて思えない。目に見える場所しか守れない。いいや、見えているものすら守れるかわからない。僕は、無力なんだよ」
「そんなことないだろ。馬酔木が言ってた。長は最強だ。長がいれば大丈夫だって」
「大丈夫、か」
苦い呟きが彼の口から零れる。楓? と名前を呼ぶと顔を上げた彼がふいに声の調子を変えた。
「見せたいものがある。もう少し歩ける?」
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