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第41話 反乱

「うるせえよ、お前! 騒ぎすぎ!」  いつもの警備用の黒い衣をまとった馬酔木が声を低めながら格子戸の向こうから陽向を叱咤した。 「馬酔木! よかった! なあ、楓は……」 「だから! 気易く名前呼ぶんじゃ……ってそれどころじゃなかった。お前、今すぐここから出ろ! 長からの命令!」 「楓からって……なんで! おい! 楓はどこだよ!」 「声がでかい!」  馬酔木に小声で𠮟りつけられ、陽向は思わず口を噤む。馬酔木はせかせかと扉を開錠すると、陽向を促した。 「とりあえず榊さまのところへ行けと長からは言われてる。走るぞ」 「榊、さま?」 「黒鳥を使えるお守りの一人だよ!」  振り向きざま怒鳴り、馬酔木は猛然と走り出した。  岩をくりぬいて作られたとおぼしき建物の中は廊下が入り組んでいる。難解極まりない道を馬酔木は慣れた様子で走り抜け、下方へと伸びた階段を下った。ひやりとした冷気がうなじを撫で身をすくめるが、馬酔木は臆することなく進んでいく。  一番下層まで下った後は再び廊下だ。いや、建物の中より壁の整備が甘いところを見ると、廊下というよりは外部通路のような扱いなのだろうか。岩壁には水滴がまとわりつき、じめじめとした生臭さが漂っている。  馬酔木はそこも足早に進む。彼の後について必死に走るうち、陽向は不安に駆られ彼に尋ねた。 「なあ、一体、なにが起きてるんだ?」 「反乱だよ」 「反乱って……。え! 里内でってことか?!」 「いや、只人の奴らが結託して攻めてきやがったんだよ。長に悪鬼と通じる気か!とか言いながら暴れ回ってるんだ。一応、長同士で話し合いするってんで少し落ち着いてはきたけど先導してるのが柏さまだからみんなまだ結構混乱してる」  柏さま。  甲高い声で楓を責め立てていた女の顔を思い出し、陽向は顔をひきつらせた。 「そんな……。だって楓は地上人の言うことをこれまで叶えていたんだろ! あの女も地上人を見下してる感じだったのになんで……」 「お前のせいだろ」  怒りのこもった声で吐き捨てられ、陽向は言葉を失った。馬酔木は怒りに燃えた目で陽向を睨みつけた。 「柏さまは長が悪鬼の里と通じていると言い立ててる。捕虜にした悪鬼が長をたらしこんだとも言い回ってる。これ、柏さまの言うことだから本気にしてない人も多いけど、本当のこともあるよな。少なくとも長はあんたのことを大切に思ってる。渦中にあんたを置いておかないように避難させようとするくらいだから」 「それは……」 「あんたを悪い人だとは思わないよ。長の顔を見ていればわかる。だから俺もあんたを助けようと思う。ただ、悪鬼は好きになれない。俺はやっぱりあんたが怖い」  言いつつ、馬酔木は背中を向けた。 「悪いとは思う。でも俺には黒鳥はない。あんたが本気になってかかってきたら俺は叶わない。そんな相手はやはり怖い」  そんなことはしない、と言いかけて陽向はやめた。実際に陽向がそれをする、しないはこの際関係ないのだ。問題は彼らの中に根強く残っている陽向たち一族への恐怖と嫌悪という感情なのだから。 「もうすぐだ。榊さまは先々代の長だ。楓さまの次に力がある人だから失礼のないようにしろよ!」  重くなった空気を払うように馬酔木が音量を上げた声で言う。ああ、と頷き、陽向は馬酔木の後ろについて足を速めた。

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