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第52話 やっと、見せられた
頭上に広がったそれを陽向は呆然と見つめる。
闇色の中に眩しく輝く金銀の砂が散っている。瞬くそれがあまりに美しくて陽向は目を細める。
さらさらと音がしそうなその光は清らかで浴びているだけで体が透明に透けていく気がする。
その陽向の足元をぱしゃり、と水がなめた。見下ろした先、たゆたうのは触れているだけで足元から自分を染めてしまいそうな群青。下向けていた目を前方に向けるとどこまでも続く水面が見えた。深い藍色の水面はかすかにさざめき、白く波立っている。
ああ、これは、海だ。
画集の中でしか見たことのないもの。でもはっきりとわかる。これが、海だ。
満ち、引いていくもの。引き合い押し合いしながら命を育んできたもの。
そこでふと陽向は気づく。
海の中、黒い衣をまとった背中があることに。
こちらを見ないその人の衣の裾が波に洗われ濡れそぼっている。元から黒かったその色がますます深みを増す。まるで頭上に広がる黒のように。
それはあまりにも寂しい立ち姿だった。一人きりで海の中、誰かを悼む碑のように立ち尽くすその人が誰かを、陽向は知っていた。
名前を呼ぶ。その人の名前を声も限りに。けれど彼は振り返らない。背筋を伸ばし佇み続けるばかり。
どうして振り向いてくれないんだ、と苛立ちを感じながら陽向は足を進める。水が歩みを妨げる。それでも必死に水の中を進もうとするその陽向の横手から眩しさが襲ってきて陽向は足を止めた。
見返った先、頭上に広がっていた黒と金銀の光が急激に薄れていく。するすると巻き取られていくように黒が白に塗り替えられ、世界のすべてが眩い光の中へと埋もれていく。
目をくらませるほど輝かしい光の正体。それを認め、陽向は感嘆した。
世界を隅々まで照らしてくれる、太陽だった。
見たことはない。でもはっきりとわかった。これが地下の住民が焦がれ続けたものだと。
手をかざし、見つめた陽向の目の前、群青に沈んでいた海が金色に光った。あっという間にすべてを黄金色に染め変えた海の中、顔を前方に戻した陽向ははっとする。
彼が振り向いていた。相変わらず海の中に佇んだまま、彼は穏やかに微笑んでいた。
名前を呼ぶ。その陽向の声に彼は小さく頷いてからそうっと首を巡らし、昇りゆく太陽へと顔を向けた。
眩い太陽の光に闇色の瞳を浸し、彼が言うのが聞こえた。
「やっと、見せられた」
光が強さを増していく。黒い衣の背中が霞んで消えていく。
彼の笑顔と共に。
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