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第54話 こんなのは

 飛び起きようとして激しく体が軋む。慌てて陽向の背に手を添えた祖母に、陽向は噛みつくように尋ねた。 「楓だよ! 楓はどこだよ!」  祖母の顔が急激に強張る。彼女は騒ぐ陽向の肩を掴むと強引に布団の上に引き倒した。その手を払おうと暴れるが、力が入らない。なにするんだ、と叫ぼうとした陽向を祖母は押し殺した声で叱咤した。 「その名前を口にするんじゃない! それは私たちの仲間を大勢殺したやつの名前なんだよ!」  鬼気迫った祖母の言葉に陽向は言葉を失った。  黒い衣に包まれた腕をふわりと広げ、広場を見回した彼のあの泣き笑いの顔を思い出す。  そうだ。彼は確かに殺した。明確な殺意を持って、陽向の仲間たちを、殺した。  それは揺るがない事実。 「だけど、俺たちだって楓の里の人間を殺した。それはどう言い訳するんだよ」 「あいつらがあんたを拉致していたからだろう。しかもあいつらは私たちを無下に地下に押し込めた。報いを受けるのは当然じゃないか」 「俺は捕虜なんかになってない! 楓は俺を助けてくれただけだ!」  叫び、陽向は跳ね起きた。思わず苦痛の声が漏れてしまうくらい痛かったが、陽向は悲鳴を噛み殺して祖母に食ってかかった。 「楓は骨が折れて動けない俺をずっと看病してくれていた。ずっと、ずっとだ! ただそれだけだったんだよ! それを……」 「じゃあなにかい? あんたはみんなが死んでもいいっていうのかい? あんな残虐な殺し方をされて、それで当然だと?」 「そんなことは言ってない! 言ってないよ! だけど……おかしいだろ。だって俺は生きてるんだよ」  震える声で言うと、祖母がふっと息を飲む。陽向は右手を持ち上げ、その掌に視線を落として呟いた。 「この手、もっと焼けただれていたはずなんだよ。血も出てて。喉も焼かれてて、声も、出なくて。息もできなくて。なのにこの手、喉も、傷がない。毒にやられていたはずなんだよ。楓と、榊さんの毒にさ。あんなの一か月やそこらで治るようなものじゃなかった。なのに、それがないってことはさ、ばば様、これ楓だろ? 楓が消したんじゃないの。俺の身体の中の毒」  祖母は答えない。陽向は軋む腕を伸ばして祖母の腕を掴んで揺さぶった。 「そうだろ! こんなことできるの楓だけなんだから! 違うのかよ!」  祖母は揺さぶられるまま黙っている。なんとか言えよ、とさらに声を荒らげると、祖母が深い息を吐いた。 「…………ああ、そうだよ。あの闇人さ。あの闇人があんたの毒を消して傷も癒した。あんただけじゃないよ。息がある人間はみんな治してくれたよ。私たち一族の者もみんなね」  そう呟いてから祖母は教えてくれた。あの後、起こったことを。

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