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第55話 本当にごめん
陽向が気を失った後、黒鳥の里は降伏した。
力を使える者が楓と柏だけであり、その二人が戦う意志がないことを示した時点で争いは終わった。他の里人、および、闇人の里を盾に炎の一族と戦おうとしていた只人たちにとっても、頼みの綱である楓、柏両名が戦わないと表明した以上、もはや勝ち目はないと納得するしかなかった。結局、彼らは炎の一族からの要求をすべて受け入れ、敗北を認めた。
炎が闇人に求めたこと。それは、これまで通り、地上を住める状態にするよう努めること。
そしてもう一つは、自分達の目の届くところに里を構えること、だった。
一か月経った今、黒鳥の里人の多くは陽向の町の近くに居を構えるべく、移動し始めているという。
「あの闇人の長はね、投降してすぐこの町に護送されてきたよ。あいつのせいで何人死んだかわからない。すぐ処刑にしろ、って声もあった。けどね、処刑はされなかった。一番はあいつの力が地上を元通りにできるかもしれないってことがわかったからではあるけど、あいつが完全に降伏していたことも大きかったのかもしれないね」
祖母はそこでふうっと息を吐くと、顔を曇らせながら続けた。
「あいつは、光の宮と長老に土下座をしたそうだよ。自分達はもう二度とあなたたちに牙を剥くようなことはない。この力も地底のすべての人のために使うと誓う。自分のすべてをかけて償いをする。だから里の人間を助けてくれと。里の皆が静かに暮らせるようにしてくれと。それだけを私は望む、と」
ああ。
陽向は両手で顔を覆ってうなだれた。
なんて彼が言いそうなことなんだろう。
あれほどに恐れていたくせに。毒に殺されることをあんなにもあんなにも恐怖していたのに。彼はやはりその役目を全うすると誓ったのだ。自分が守るべき者たちのために。
そしてそうさせてしまったのは陽向のせいだ。
彼はもうこれで逃げることができない。永遠に。
肩先を震わせる陽向に声をかけあぐねていた祖母がぼそりと言った。
「少し、聞いた。あんた、あの闇人の長に本当に良くしてもらってたんだろうって」
「…………誰から」
「如月さん」
顔を上げると、やはりなんとも言えない顔のまま祖母は陽向から目を逸らした。
「如月さんも闇人の里の攻撃部隊に加わっていたんだよ。で……あんたが毒に侵された広場に飛び込んでいったときの話を教えてくれた。あんたがあの闇人を必死に止めたこと。それと」
祖母はそこで言葉を切り、痛ましそうに陽向を見つめ、陽向の左目の包帯に手を触れた。
「護送されていくとき、如月さん、声をかけたんだと。あの闇人に。あなたと陽向くんはどんな間柄だったんだって。でも彼はそれには答えないでただ、言ったそうだ。『目と足、元通りにできなくて本当にごめん、と。陽向にそう伝えてくれますか』と」
本当にごめん。
彼の声が聞こえた気がした。口元を覆い、陽向は目を固く瞑った。残された右目がじわりと熱くなる。零れ落ちる涙を陽向は止めることができなかった。
なんであの人はいつもそんな風なのだろう。
いつもいつも。こんなことになってしまったのは陽向のせいなのに。
彼だってそう思ってもいただろうに。なのに彼が陽向にと託した言葉は結局、陽向を案じるものでしかなかった。
あなたの優しさは、悲しすぎる。
「楓は、今、どこに?」
顔から手を離し、祖母に向かって身を乗り出す陽向に祖母は当惑した顔で黙り込む。どこだよ、と祖母の腕を掴んだ陽向の前で、祖母の唇がゆっくりと言葉を刻んだ。
「死んだよ」
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