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第57話 一つだけ
「俺は、やっぱりお前を許せないよ」
泣きじゃくりながら馬酔木が言う声が聞こえた。
「全部お前が悪いって思うよ。お前を殺して長が戻るなら俺はそうするよ。だけど、それでも」
必死に声を整えようとして失敗したその馬酔木の声に、陽向は泣きぬれた顔を上げた。
彼は楓を思わせる黒い衣の袖で顔を乱暴に拭いつつ、呟いた。
「一緒って言葉、俺たちはあの方に言えなかったから。いつだって頼ってばかりで……だから、長はきっと、あんたの言葉嬉しかったと思う」
言い捨て、馬酔木が踵を返す。片腕で顔を覆い去っていく彼を見送り、陽向は再び泣き出した。
馬酔木が言うように自分がいなくなることで彼が戻るならどれだけかいいだろう。いいや、そもそもどうして今、自分は生きている? 楓がいないのにどうして自分だけが。
泣き伏した陽向の上に、青い花の香が静かに静かに降ってくる。
それは、柔らかく、決して痛まないように気遣いながら抱きしめてくれる、楓の腕のように思えた。
「楓」
自分があなたのためにできることはもう本当にないのか?
そう思った自分の胸の内で、むくり、となにかが首をもたげるのを陽向は感じた。
痛み、切り裂かれた自分の胸をあぶる熱いその感情に陽向はすがりつくようにして顔を上げる。
「あった」
まだ、やるべきことはあったよ、楓。
そこにはいない彼に向かい、陽向は呼びかけ墓石に手を這わせる。
ひんやりと硬質なその感触は彼の肌を思い出させた。
青い花をそうっと墓石の前に備え、陽向は松葉杖を手繰り寄せ立ち上がる。
清しい香りがまた香った。そこに彼がいてくれるような、そんな気がふと、した。
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