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第58話 憎しみで

 疑似太陽に照らされながら地下で自分達は皆、生きている。  けれどあの日から陽向は、生きていると自分を思えないでいる。呼吸はしている。けれどただそれだけ。お前はもう死んでいると言われたら、それが真実と思えるくらい自分はすでに死人と変わらない。  けれどそう思っていた自分に今、熱い思いが芽生えた。生きている、と言えるくらいに激しく煮えたぎるその感情を陽向は抱きしめる。  憎い、というその感情を。  榊は言っていた。  なにかを願い、なにかを望み、なにかを心から愛する心すら封じた私は生きてなどいなかったと。  だとしたら自分は生きている。粘つくほど強く憎み、その体を引き裂いてしまいたいと思えているのだから。これほどにどす黒く猛々しい願いを抱いているのだから。  光の宮が住むその館はこの町の中の最奥に位置しており、その権威ゆえに他の者が住まう建物に比べて造りもしっかりとしていて豪奢だ。篝火もわずかな暗がりを生まぬほど焚かれているし、警護の者も多い。  だが、そんなことは関係なかった。  松葉杖を突き、陽向は光の宮の邸宅へと向かう。邸宅の前には赤衣と呼ばれる護衛が数人いる。陽向は人目につかぬよう裏道に入り、邸宅の裏手に回った。  ゆっくりと近づくと、裏門の警護の兵がつと陽向に目を止めた。驚いたように口が開く。 「星名! え? 星名! お前、大丈夫なの? だってお前……」  言いかけて彼は口を噤む。よく警護の任で一緒になった中尾陸の人の好さそうな丸顔に微笑みかけながら、陽向は心の中でそっと詫びた。まったく警戒をしていない彼ににじり寄ったが、ほとんど距離がなくなっても中尾はきょとんとしている。大らかで優しい彼らしさに心がわずかに痛んだ。けれど、その気持ちを押し殺し陽向は中尾の首に腕を回して喉元に短刀の先端を突きつけた。 「刺されたくなかったら、大人しく地下牢まで俺を通して。中尾さん」  ぐいと刃をさらに喉元に近づけ、陽向は中尾の耳元で言う。 「そうしてくれたら俺はあんたを殺さないでいられるから」 「星名、地下牢って……なんで。あそこには」  中尾が額に汗を滲ませながら尋ねる。その彼に向かって陽向は皮肉に笑ってみせた。 「いるからだよ。俺が殺さなきゃいけないやつがそこに。そいつを殺すためならもう誰を殺しても構わない。そもそも俺のせいで信じられない数の人間が死んだんだ。追加で一人死んだところで俺はもう、痛くも痒くもないよ。だって俺は、あの人以外はどうでもいいんだから」  陽向の気迫に中尾が唾を飲み込む。さあ、と陽向は中尾を促した。  ぎこちない手つきで中尾が裏門の鍵を開錠する。中尾の首に刃を押し当てながら陽向は片足で跳ね邸内へ入る。 「星名、さ」  陽向に首元を押さえつけられながらがしゃり、と扉を閉じた中尾がそのとき言った。 「無理だよ。その状態でここから先、行けると思ってるのか? 本当に」 「ごちゃごちゃ言うなよ。刺すよ」 「いや、だって」  言いながら中尾は乱暴に体をねじる。唐突に胸を突かれ、陽向は倒れ込み、閉ざされたばかりの扉に背中からぶち当たった。

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