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第60話 罰を下すのは

「こんなことだろうと思った」  如月は苦いため息をつきながら陽向の横にかがむ。 「ばば様から君が青い顔で出て行ったと聞いて、嫌な予感がしてたんだけど。来てみてよかった」 「止めるなよ」  体をひねって如月の手を払う陽向に、如月は諭すように言った。 「いいかい。陽向くん。君が今しようとしていることは殺人だ。そんなこと見逃すわけにはいかない」 「じゃあ楓を殺したあいつがのうのうと生きているのはなんでなんだよ? 罪なら罰が必要だ!」 「君が罰を下すの? 彼のために」 「そうだよ!」 「そんなことをするために彼は君を治したの?」  問われ、陽向は数秒言葉を返しそびれた。その陽向の動揺をいいことに如月はさらに言った。 「あの闇人の長は、そんなことを望む人だったの?」 「楓は! だけど!」  だけど、と言って陽向の口から声が消えていく。瞼の裏を滑っていくのは、大丈夫、と笑む楓の顔だ。  僕は大丈夫、そう言って笑う彼。  望む人がいるから。だから。  だから。  あの人はそんな人だった。自分がどうしたいじゃない。誰かのために祈り、誰かのために力を使った。誰かのために毒をその身に受け入れ続けた。  本当は怖くて仕方ないのに。それでも彼は逃げない。誰かのためだけにそこに立ち続ける。  いつもいつだって。 「だったら、楓はどうしたら救われるんだよ? こんなの、あんまりだろ……。こんな未来しかないのなら」  あの日から陽向は後悔している。あの人の手から刃を取り上げたことを。  あれは、彼が確かに望んだことだったのに。自分は勝手な自身の願いのために彼を邪魔した。  あのとき、自分が止めないでいたら、彼は自身で命の期限を選べたのに。それは誰かに無慈悲に命を摘み取られる今よりもはるかに彼が望むものだったのかもしれないのに。 「あのとき死なせてやればよかった」  零れ落ちた陽向の言葉に如月は険しい目をしたままでいたが、やがて乱暴な手つきで陽向の腕を引っ掴んだ。 「立って。陽向くん」  自分よりも体格の小さな如月に強引に立ち上がらされ、陽向は未だ後悔に胸を塞がれたまま、如月を見返す。その陽向に向かって如月はふいに言った。 「会わせる。あの人を手に掛けた人に」 「如月さん?」  中尾が驚いた顔で如月に声をかける。 「さすがにそれは……大丈夫でしょうか」 「大丈夫だろう。一族の者が面会することは禁じられていない。一応僕から宮へ事後報告を入れるよ」  せかせかと言い残し、如月は陽向の腕を引っ掴んだまま、歩き出す。ちょっと、杖、杖、と中尾が慌てた様子で扉の外に陽向が投げ捨てた松葉杖を取りに戻った。  その間足を止めた如月を陽向はぼんやりと見た。視線に気づいた如月は厳しい顔で陽向に命じた。 「言っておくけど会っても乱暴なことはしないように。君が暴れると僕の首が飛ぶことを忘れないで」 「なんで……」  ぎこちなく問いかけた陽向に如月は困った顔をしてから、ぽつんと言った。 「まあ……君は会っておいてもいいと思ったんだ。これから先のことを考える上でも」  これから先。  そんなものなんの意味があるのだろうか。楓はもう、いないのに。  陽向の思いを悟ってなのか、それきり如月はそのことについて語ることはなかった。  炎と呼ばれる自分達一族は他の種と交わることはできない。そのため長く一族で閉じてきた。交流が皆無というわけではないが、町への出入り口は厳重に管理され、境を他の種族が侵すことないように兵も配備されている。そうなればこの小さな町だ。世界は狭くなり、犯罪もあまり起こらない。  だから罪を犯したものを裁く施設というものは、この町にはない。唯一あるのが光の宮の邸宅の地下に設けられた牢だ。  頻繁に使われるわけではないその設備の警護に当たっていたのは、陽向も顔見知りの麻生大河だった。  彼は如月に付き添われた陽向を目にしたとたん、驚き過ぎて座っていた椅子から転げ落ちそうになった。 「え、星名、なんで」 「面会をしたいんだ。通してくれるかな」  あっさりと言う如月に麻生は目を白黒させた。 「面会って。えー……」 「大丈夫。僕の方で宮には連絡を入れるから」  安心して、と如月は笑う。その顔を横目に眺めて、この人がその抜群の情報収集能力を買われて光の宮の補佐をしていることを思い出した。 「如月さんってすごい人だったんですね」  麻生が開錠した扉を抜け、如月の後に続き階段を下る陽向を、先に立って階段を下っていた如月が振り仰ぐ。 「なにもすごいことはない。僕はただ知りたいが人より強いだけ。本当にすごいのは動こうと思える人間だと思う。君のようにね」 「俺は」 「さあ、つくよ」  陽向を如月が遮る。邸宅部分と違い、明かりも少なく、湿り気を帯びた牢で陽向を迎えたのは、一人の女性だった。 「陽向さん」  そう言って微笑んだ彼女は藍色の着物の肩に落ちかかった髪をさらりと背中に流して笑った。

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